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第拾四話・珠簪。(五)

 しかし、慕情は言えない。  口にすれば最後、煩わしいと告げられる。そうなれば二度と登楼してくれなくなる。  この吉原に通う人間は誰だって一夜の愉しみのために娼妓を買う。  その娼妓がお客に惚れるなんてあってはならない。  何より、間宮がそれを望んではいないのだから――。  間宮に恋人がいると思っただけで、想いを寄せている大瑠璃の胸が張り裂けそうだ。  胸が痛い。  涙袋には涙が溢れ、視界が歪む。 「大瑠璃? 何か気に障ったかい? ……昨夜の一件を思い出したのか?」  顔を俯け、泣かないよう踏ん張る。  沈黙を守った。  大瑠璃が昨夜の出来事で胸を痛めていると思ったらしい。間宮は気遣うように(たず)ねた。  ――違う。そうではない。  今の今まで秋山(あきやま)の存在すら忘れていた。  秋山のことなんてもうどうでもいい。  昨夜のことは過ぎ去った過去の出来事だ。  大瑠璃が今一番心を煩わせているのは、間宮のことばかりだ。  大瑠璃は頭を振り、違うと伝える。けれど涙が喉につっかえて何も言えない。  他のお客同様に振る舞って、間宮と会話をすればいい。そう思うのに――。  果たして自分は今まで、お客とどうやって過ごしていただろうか。  ……わからない。  彼を前にすると自分がわからなくなる。 「大瑠璃……」  ふたたび心配そうに間宮が訊ねる。  押し黙っている自分が悪い。  間宮はとうとう大瑠璃の顔を覗き込んできた。  ああ、どうしよう。  彼に泣いていることを知られてしまった。  息を飲む音がした。 「――大瑠璃?」  間宮が困っている。

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