96 / 153

第拾四話・珠簪。(六)

 泣き顔をどうにかしなければとそう思うのに、どうにもできない。  おかげで余計に涙が溢れてくる。  間宮はきっと、自分を煩わしいと思ったに違いない。外出しようと進言しなければ良かったと今さら後悔していることだろう。  だったら、秋山から助けたりはせず、放って置いてほしかった。これ以上の優しさは大瑠璃にとって苦しみでしかない。 「輝晃様、俺……」 『やっぱり帰る』  大瑠璃は、間宮に花街へ帰りたいと伝えるため、顔を上げた直後だった。  間宮は涙が溜まった目尻を親指の腹でぬぐった。  そして彼のもう一方の手によって、買い与えられた珠簪が色素の薄いその髪に飾られた。 「……美しいね、君が殺風景な僕の家に居てくれたらどんなに華やかになるだろう」  間宮は目を細め、緩やかに笑う。 「……っつ!」  微笑む間宮を目にすると、悲しみで冷え切った身体はすぐに熱が宿る。  間宮と一緒に暮らせたらどんなに素敵だろう。しかし、それはただの戯れ言にすぎないことは知っている。  勘違いしてはいけない。  そう思うのに、彼の微笑みが眩しすぎる。 「とても綺麗だ……」  もう一度、薄い唇が開いたかと思えば大瑠璃を賞賛する。  間宮のたったひと言が、大瑠璃に動揺をもたらす。 「さあ、食事に行こう。腹が減って死にそうなんだ」  差し出された骨張った手が大瑠璃の手を包み込む。  繋いだ指先から届く体温は、大瑠璃の身体の芯からあたためる。  おかげで花街(はなまち)に戻ると進言することさえも忘れてしまった。  たかが手を繋がれただけのこと。  当然、間宮には夜通し抱かれたこともある。それなのに、今の自分は恋心を初めて知った少女のようだ。  心臓が大きく鼓動を繰り返す。  どうか繋いだ手から心音が伝わりませんように――。  大瑠璃は朱に染まった頬を見られないよう、顔を俯け、間宮の少し後ろを歩いた。  《第拾四話・珠簪。・完》

ともだちにシェアしよう!