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第拾伍話・戯れごと。(二)

 床の上でなら嫌というほど聞いているその言葉は、しかし今、自分がいる場所は褥の上でもなければ二人きりでもない。茶屋の中は人が少ないとはいえ、他人の目がある。  ――恋心を自覚すれば、どうなるかくらいはわかっていた。だから無意識に自分の気持ちに気付かないようにしていたのに――。  一度恋心を受け入れれば、落ちるところまで落ちていくしかない。  胸が苦しすぎて死にそうだ。  手の中にある着物はじっとりと汗ばんでいる。  大瑠璃は間宮から買い与えて貰った着物の端をただただ握り締めるばかりだ。  間宮は大瑠璃のお客だ。他のお客と同様に接しなければならない。  身を擦り寄せて媚びる。ただそうすればいいだけのことなのに、しかし恋とは偉大だ。自分が何者であるのかさえもわからなくなる。 「大瑠璃?」 「あらぁ? しおらしい方はどなたかと思えば、大瑠璃はんではおまへんか?」  自分を呼ぶ間宮の声は、けれどふいに横から掛けられた女性の声に掻き消された。  顔を上げると、そこには年の頃なら十六、七ほど。彼女は艶やかな黒髪を後ろでひとつに結い、その小振りな頭には茜色に輝く平打ち簪が飾られている。艶やかな赤い着物を身にまとった派手な容姿をした彼女は数人の女性の付き人を連れ立っていた。  彼女は大瑠璃がよく知る人で、大瑠璃がいる花街(はなまち)の隣にある女遊郭(おんなゆうかく)――遊里(ゆうり)で御職を務めている(かずら)だ。  彼女がいる遊郭遊里は、女遊郭の中でも上位の人気を誇る有名な見世だ。その彼女は大瑠璃の素行が気に入らないらしい。何かにつけてよく因縁をつけてくる。

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