32 / 38
第32話
見つめ合った。魅入られたように橘が一ミリ、また一ミリと顔をうつむかせる。
佑也は頭をもたげた。淡い笑みが掃かれた口許に、もの狂おしい眼差しを向けた。
だが、うっすらと開いて待ち焦がれるそれに重なるまぎわに、唇はすいと遠のく。
代わりに灼熱の塊が攻め込んでくる。反り身になって押し返すと、熱い吐息が唇のあわいをたゆたう。
佑也は全身のバネを利かせて上体を起こした。笑みの名残をとどめる口角に嚙みついて、やり返した。橘が呻くと溜飲が下がり、それでいて、やるせなさに胸の奥が震える。
看守の座にのさばる男──それが橘だ。
血も涙もない男が愛と称するシロモノなど所詮、〝まやかし〟にすぎない。
だいたいウサギと豹の間に友情が芽生えるか? それと同じだ。捕食者と被捕食者は、永遠にわかり合えっこない。
そのくせ。たくましい体軀が覆いかぶさってくれば、人肌に安らぐ。
橘が腰を押し進めるにつれて、柘榴 状に裂けてしまいそうなくらいにギャザーが伸びきり、腹ははち切れそうだ。
しかし空隙を満たされる歓びが、遙かに勝る。内奥が打ち震え、橘をもっちりと包む。
橘とのセックスは、麻薬だ。でなければ禁断の木の実が詰まっている〝パンドラの箱〟なのだ。
何か超自然的な力が働いてると考えなければ、納得がいかない。
蛇蝎 のごとく忌み嫌う男に組み伏せられているというのに、そこをたっぷり突いてほしいと冀 って最奥が甘やかにすすり泣くわけがない。
ましてや、分かちがたくつながれたそこを通じて魂が共鳴するように感じるはずがない。
「何がおかしい。何を嗤っている」
「蛙の解剖図みたいだ……」
解剖図と、おうむ返しに訊き返してくると、憮然と口を引き結ぶ。
心外だ、と書いてあるような表情 がツボにはまった。佑也は、くすくすと肩を震わせた。
「あんたにヤられてるときの恰好だよ。足をおっぴろげて、情けない」
「そういった減らず口をたたく余裕をなくしてあげよう」
ずるり、と雄の刃 が鞘に収まる。ぐりっ、と核心をつつきのめされた。
ともだちにシェアしよう!