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エピローグ

 橘は、親指と人差し指をL字型に曲げた。  左手の指も同様に曲げた。表と裏を互い違いに重ね合わせて、枠を形作る。  ファインダーになぞらえたそれを、目の高さにかまえた。ベッドにぐったりと横たわる裸身を架空のフレームに収めた。  ステッキをゆったりと操りながら、ベッドのぐるりを歩く。  血だまりに大の字に寝ころがって大笑いする佑也──そういったイメージを膨らませて草稿を書き終えた段階にある映画の脚本は、唐紅(からくれない)に染まった裸体をやや俯瞰するカメラワークで捉えたショットで幕を開ける。  そのカット割りに似つかわしいアングルを決めあぐねて何歩か横にずれる。  すると、橘に創造主──ピグマリオンの万能感を味わわせてくれる当の佑也が、身じろいだ。  たてつづけに極めて、色やつれしたという風情だ。佑也はマットレスに片肘をついて、ぎくしゃくと半身を起こした。  その拍子に蕾が、ほころんだとみえる。とろとろとあふれ出した残滓(ざんし)が内腿を伝うさまと、腫れぼったい乳首が、すこぶるつきに悩ましい。  橘は、思わず生唾を飲み込んだ。幻のカメラをかまえ直すと、顔面めがけて枕が飛んできた。 「……デカいのに、うろちょろされると苛つく。出て失せな」  と罵る声は、しゃがれて、くぐもる。  枕が裂けて羽毛が舞い散るなか、橘は安楽椅子の肘かけに尻をひっかけた。  覇権を争って佑也と鍔迫り合いを演じている最中は、隻足(せきそく)であることは、おくびにも出さないように心がけている。  そうすることで、自覚している以上の負荷が傷痕にかかるようだ。  今もそうだ。(こぶ)と化した右の膝と、そこにはめ込んで義足を固定させるソケットが、膝を曲げ伸ばしするたびにこすれて、ぎしぎしと言う。  しかし橘は、憐れみを受けることを何より嫌う。佑也の前では、常に冷血漢という仮面をかぶることを自分に課している。  ゆえに、わずかに顔をしかめるにとどめて煙草を咥え、ライターを鳴らした。

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