佑也がベッドに起き直った。ヘッドボードに背中をもたせかけると、たなびく紫煙の行方をぼんやりと眺める。そして、ぶっきらぼうな口調で問わず語りに口を開く。 「なあ、あんたは一体おれをどうしたいんだ。一年後、二年後、十年後……おれが、よぼよぼのジジイになったあとも、おれを飼いつづけるつもりなのか」 　 　飼うか、と橘は苦笑交じりに呟いた。辛辣な意見だ、と眉を上げた。 　たしかに佑也の観点に立てば、彼を拘束したうえで躾をほどこすというやり方は、飼育に他ならない。 　もっとも佑也は、どんなに過酷な課題を与えても決して卑屈になることがない。それでこそ:現時点では未知数にすぎないものの、生まれ持った〝華〟に惹かれ、危ない橋を渡って彼をさらってきた甲斐があるというもの。 　従順な白鳥になど一文の値打もない。 　橘は口許をほころばせた。煙草を揉み消し、シャツのボタンをはめ直した。 　佑也はダイヤモンドの原石だ。現在(いま)はくすんでいるそれは、橘が研磨することによって輝きを放つ。 　橘は、今後も佑也という至高の宝石を想像力の源(みなもと)に物語を紡いでいく。 　そして佑也を主役に据えたそれを自ら映画化することで、荒馬のような彼を乗りこなすのだ。 　恋物語に他ならないそれは、畢生(ひっせい)の大作になるという確信がある。 　そう、佑也は自分にとってファム・ファタール──宿命の女に相当する存在なのだ。 　橘は腰を上げた。威厳に満ちた足どりで歩を進め、佑也の真正面に立った。 　細い顎に指を添えて仰のかせ、くしゃくしゃにもつれた髪を指で手櫛で梳く。 　その手は、生ごみにたかるハエを追い払うような荒っぽさではたき落とされた。 　佑也は憎々しげに睨(ね)めあげてくると、片膝を立て、片足は胡座(あぐら)を崩した形に折り曲げた。 　愛別離苦というものを味わって以来、橘は生ける屍(しかばね)であった。 　廃人同然の彼に生気を取り戻させた白鳥へと、橘は、恋い焦がれる者の眼差しを向ける。