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第37話

 アーモンド形の双眸は、白目の部分が子どものように青みがかっている。その澄んだ目で見つめられると、心の中にわだかまるどす黒いものが洗い流されていくように感じる。  佑也の若さ、その健やかさを(うらや)むとともに愛おしむ。  しかし橘は、佑也とともに在る未来を夢見てやまないことは胸に秘めておく。  ことさらデモーニッシュな雰囲気をまとい、かけがえのない白鳥の頬を両手で挟みつける。  ひと呼吸おいて、佑也は気圧されたふうに目を逸らした。ブランケットの端を三角にたたみ、広げながら、こう訊いてきた。 「もしも、もしもの話だ。あんたに情ってやつが移ったとするだろ。そのときの感情って、なんて呼ぶんだろうな……?」 「脳のメカニズムに狂いが生じた心理状態を、俗にストックホルム症候群と呼ぶ。一九七三年八月、スウェーデンのストックホルムにおいて銀行強盗が発生した。犯人は人質をとって籠城し、人質は命の危険にさらされるという異常な環境下におかれつづけているうちに犯人に対して好意を抱くようになり、犯人に(くみ)して警官に銃を向けるまでに至った。これは恐怖心と生存本能に基づく自己欺瞞的心理操作──セルフ・マインドコントロールのなせる技だ」 「じゃ、さ。とち狂って、あんたにうっかり惚れちまった場合でも、それは錯覚に基づくものだって頭っから否定するのかよ」 「左様。なかなか怜悧ではある」  にべもなく切って捨てると、傷ついた色があどけなさが残る(おもて)をよぎった。  といっても親とはぐれた幼子(おさなご)のように心細げな表情は、蜃気楼さながらかき消えたが。  佑也は、むしろ不敵な笑みといったものを浮かべた。鎖を蹴りさばいて床に降り立った。  タイル一枚分の距離を隔てて橘と向かい合う。そして、ふてぶてしげに腕組みをした。 「おれは、あんたを赦さない。死ぬまであんたを憎みつづけてやる」 「それは光栄なことだ。裏を返せば、きみは死神の(あぎと)に捕らわれるその瞬間まで、わたしに関心を持ちつづけるということだ」  冷笑を交えて締めくくった。  その残響が余韻嫋々(じょうじょう)とたゆたうなかで、佑也がものすごい剣幕で殴りかかってきた。

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