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焔(続編)15

「鐘崎――か。久しぶりだな。おめえ、裏の世界からは足を洗ったと聞いたが」  結局まだ離れきれず、こんなことに首を突っ込んでいるのかと微笑する。間近で見るこいつはすっかりマフィアの風貌をたたえていて、堂々たる姿に何故だか胸が熱くなる思いがしていた。  もしもあのまま香港に残っていれば、俺もまたこいつらと同じ世界で生きていたのだと思うと何故だろう――少しの後悔と懐かしさが込み上げてならなかった。 「しかし日本は治安がいいと聞いていたが、高校生のガキ相手にこんなことが横行しているとはな。警察も隅から隅までは手が回らんだろうし、変な話だが――俺やおめえのような存在がますます必要になる時代が来るのかも知れねえな」  周焔はそう言って意味深げに笑った。はっきりと言葉には出さずとも、まるで『この世界に戻って来たらどうだ』と言わんばかりの不敵な笑みだった。 「鐘崎――俺は修業したらこの日本で起業するつもりでいる。お前ともまた会うこともあろう」 「起業って……」  まさかこいつも足を洗って堅気にでもなるつもりなのか――? そんな俺の胸の内が読めたのだろうか、周焔は『勘違いするな』と言ってまた笑った。 「足を洗おうなんざ思っちゃいねえ。だが、香港には親父を継ぐ立派な兄貴がいる。俺は俺にできることでファミリーの役に立ちたいと思っているだけだ」 「お前にできること……」  周焔は次男坊の上に妾腹だ。現トップの親父さんを継ぐ男は二人もいらない。というよりも、妾腹の焔が組織の中に存在するというだけで、要らぬ火種となり得ることをこいつは理解しているのだ。香港を離れ、お袋さんの故国であるこの日本の地にてこいつにしか歩めない人生を考えているのかも知れない。  酷く心が痛む気がしていた。  激しく心が揺さぶられる気がしていた。  殺伐とした裏の世界を離れ、平穏な人生を歩みたい。そんなふうに思って香港を去った自分が情けなくも思えてならなかった。  結局俺は――この日本に来て学生となって、何の心配もない日々を過ごすのだと決意しつつも、やっていることは裏の世界にいた頃と何一つ変わっちゃいない。というよりも、裏の世界に身を置く者を気取っていただけだ。級友である紫月や冰の調査をしたり、俺ならば冰を酷い目に遭わせている連中をぶちのめせるなどと勝手に思い込んでいた。裏の世界で生きる覚悟もないくせに、平凡な堅気とはスキルが違う――くらいの上から目線で悦に浸っていただけだ。単なる自信過剰な勘違い野郎じゃねえか――。  たった一人で父親の麗さんを捜す為に香港に残った倫周。妾腹という立場を嘆くことなく遠い異国の地で陰からファミリーの支えになろうとしている周焔。彼らと比べて今の俺はどうだ。  そう思うと、とことん自分が情けなくて身体中の震えが止まらなかった。 ◇    ◇    ◇

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