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◇ 破天 ◇ 遼玄の回想 弐

 そうして神界に呼ばれた俺たちは、早速に四凶討伐の準備に忙しない日々を余儀なくされた。  まず俺は五龍の内の【黒龍】というじいさんの下に付き、天の北方を治める『玄武』という名称を与えられた。  共に召喚された幼馴染たちも同様で、南方を司る『朱雀』には帝雀という男が任命された。この男は俺たち仲間の中でも一番大人びた気質の穏やかな奴で、どんな時にも取り乱したりすることのない、いわば紳士という印象の持ち主だった。やさしくおおらかな性質は皆に好かれ頼られて、仲間内でも一番の信頼株だった男だ。  同じく聡明で物静かでいながらして、いざという時には頼りになる剛准という奴には東方を守る『蒼龍』が任され、それとは正反対の熱血気質だが男気の強い白啓という男は西方を守る『白虎』とされた。  そして残る中央を任せられたのが俺の一番の腐れ縁でもあった紫燕という男で、ヤツには『黄麟』という名が与えられた。  その後すぐに地上界へと転送され、四凶の討伐に当たった俺たちは、五龍から賜わった神剣の力もあってか、不慣れながらも何とか獣たちに打ち勝つことができた。  幼い頃から強い結束で結ばれていた俺たちは想像以上にいい具合の調和を生み出し、こうなってみて初めて、何故俺たち五人が一緒くたに集められたのかが分かったような気がした。  そして神界に戻った俺たちは五龍をはじめ、それまで俺たちをうとんでいたはずの天上人たちからも称賛を受け、それは少々奇妙な心持ちではあったにせよ、何はともあれ無事に平穏を取り戻せたことに関しては心からよかったと思えたし、こんな俺らでも確かに役に立てたのなら素直に喜ばしいことと安堵感が心地よかった。  そうしてひとまずは沈静化できたものの、五龍の言うところによれば、四凶の獣たちはこれより後も千年が経つ毎に魔界の禁固を破って蘇ることが予想されるらしく、それらを封印し続ける役目が俺たちに課せられることとなった。  そうは言えど実際のところ、俺たちにはこれ以外には特記する任務も無いというのが現状だった為、傍目から見れば実にお気楽気ままな生涯に映ったとしても致し方なかっただろう。  たまたま持ち合わせていた若くて強靭な体力と少しの勇気に腕力、他にあえて付け足すならば『惜しむ者のない命』とでもいおうか、ともあれそんなもので神になれるのなら誰しも苦労はしない。自分たちでさえそう思ったほどだから、他の誰かが同じように感じたとしても不思議はなかっただろう。  しかも俺たちの上にはそれぞれ師となる五龍が存在し、世の常事を手取り足取りで伝授してもらえるという、うらやましい限りの環境。天上界にいた時とはそれこそ天と地程の差のある扱いだ。  だが、『大罪人の子』という刻印のあることに変わりはなく、例えば俺たちが如何にこの世界を救うのに貢献したとしても、時が経てばそんな記憶や名声などは次第に薄らいでいくものだ。  そんな俺たちを”うとむ”者が出てくるのは当然だったろうか。特に召喚されることを願ってやまなかった者たちが不満を抱えていたのは明らかで、そんな彼らが天上界にて謀反を起こしたのは、あるいは必然だったのかも知れない。  天上人より討伐軍が選抜されるとざわめいていたあの頃、是が非でもそれに選ばれることを望んでいた【駿鬼】という男がいた。  彼は確かに武道にも秀でていたらしく、年の頃は俺たちと同じくらいだったと聞いている。天上界の中にあっても身分の高いところの家柄で、故に幼少の頃からの上層教育の賜物とあってか、文句の付けようのない程の実力の持ち主だったのは確かだったようだ。  施設に隔離された俺たちとはかけ離れた別次元で生きているようなそいつは、一部の隙もない程に完璧で、だから当然彼のような者が神に召喚されるだろうことは誰もが信じて疑わなかったのだろう。本人も当然その心づもりだったのは想像するに容易い。  だが、どういうわけか選ばれたのは俺たちだった。彼のような完璧な者をさしおいて、何故に俺たちにという疑問は当然あったが、四凶が暴走するあの事態にあって一分一秒を争うように忙しなかった状況下では、そんなことを深く考える余裕もなかったというのが実のところだった。  その後、すぐに討伐に出てしまった俺たちは、神界に帰還してからも彼の存在をとうに忘れて過ごした。  天上界にいた頃とは打って変わって穏やかな日々。何不自由のない恵まれた環境の上に神としての不老不死の立場にある俺たちのことが許せなかったのだろう、奴を中心にした反乱分子が神界乗っ取りを図り、密かに計画を連ねていたのを知ったのは、それからわずか後のことだった。  駿奇はまず魔界に降り立つと、封印されたばかりの四凶の獣を呼び覚まして、自らの魂と引き換えに強大な力を手に入れた。そして天上界へと舞い戻ると、討伐直後の俺たちを褒め称えたとされる者すべてを謀反人扱いとして抹殺、その住処までをも含めて破壊しつくした。  その戦闘によって更に凶暴化したヤツは、そのまま神界に乗り込み俺たちの目の前で守護神五龍を拘束、彼らを人質に捕ると最終目的である俺たちへと戦いを挑んできたのだ。

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