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◇ 破天 ◇ 遼玄の回想 参

 ヤツの怨念を含んだ魂を食らったことで、以前とは比べ物にならないくらいに力を増した四凶獣を相手に、俺たちは苦戦を強いられた。駿奇と四凶獣が互いに共鳴し、各々の力を増大させてしまったのだ。  如何に不老不死の四神とはいえど、守護神五龍の力を封じられてしまった今、対極にある四凶相手ではその攻撃をかわすだけが精一杯の現状、このままでは自分たちはおろか、五龍までもが抹殺されてしまう危機に、手だてなど思いつくはずもなかった。  だがこのままでは世界のすべてが滅んでしまう。そんな状況の中で奴らを討伐すべく具体案を持ち出したのは、俺の最も近しい馴染みである紫燕だった。  神界の四方を守る『玄武、朱雀、蒼龍、白虎』である俺たち四神に結界を張らせることで四凶獣の動きを封じ、その隙をついて紫燕自らが四凶に飲み込まれた駿奇の魂を打ち砕くというその作戦に、俺たちは正直戸惑いを隠せなかった。  ともすれば紫燕の魂を引き換えにせざるを得ないような危険な賭け――  だが迷っている暇はなかったというのも実のところで、俺たちは紫燕の意に従い、その案を実行することを決した。  結果、討伐には成功することができたが、その時に放った絶大なエネルギーのせいで、紫燕は四凶の返り血ともいうべき呪いを浴びて、意識を封じ込められてしまうこととなった。  駿奇の魂共々、四凶獣を再度魔界に封印した俺たちは、五龍を解放し、一先ずは世界が救われた形となった。その一方で、紫燕は深い眠りについたまま意識を取り戻すことはなかった。元々不老不死の神であるが故に身体は程なくして回復すれども、一向に意識の戻らない紫燕の傍らで、俺たちはそれこそ片時も離れずに看病を続けた。  だが、その思いが報われることはなかった。  傍にあるべき者を失ってみて初めて気づいた己の心、紫燕に対しての自分の想い――  互いを尊重し合う気持ちだとか、仲間意識だとかを遥かに通り越した深い想いに気付かされのはこの時だった。いや、実際のところはもっと以前からだったと思うが、傍にいられるだけで至極満足だった時には、改めてこれ以上の関係を望む必然性もなかったというのが正しかったかも知れない。  紫燕のいない恐怖に苛まれた俺は、耐え切れずに神界の掟を破って、眠ったままのヤツを相手に契りを交わすという罪を犯してしまった。  同性であるという以前に、神々たちの間で契りを交わすことは許されざる絶対的な掟とされていた。それを知らなかったわけじゃない。召喚され、『玄武神』の立場を与えられたあの時に五龍たちから諭されたその掟のことが脳裏に無かったわけじゃない。  だがどうしても我慢できなかった。後先のことなど考えられず、正直にいえばどうなろうが構わなかった。それよりも紫燕を失うことが怖くてたまらなかった。俺は我を失い、紫燕の身体だけでも『生きている』ことを確かめたいがゆえに先走り、ヤツをこの手に抱いてしまった。  だが、四凶の呪いに封じ込められた紫燕と通じたことからその呪いの魔力が暴走し、神界以下、この世界の全てが闇に覆われてしまうことになったことに気づいた時にはすべてが遅かった。  木々は枯れ、大地は乾き、大気圏にはどす黒い暗雲が取り巻いて太陽を遮断、生命の根源は次々と断たれ屍と化していった。  この事態を重く見た五龍たちが、俺に罰を下すことで一時的に闇の世界を取り払い、とりあえずの清浄化を図ることを取り決めたのはそれからすぐのことだった。  次に四凶の野獣が蘇るまでの向こう千年の間、地上界へと追放されて、そこで転生を繰り返すというのが俺に与えられた戒めであった。  千年の永き輪廻転生を生き抜き、蘇った四凶獣の内に閉じ込められた駿奇の魂を切り離すことができれば、紫燕の呪いも解放されるという。  神界とは時間の流れが根本的に違うとはいえども、地上で人間として過ごす千年という月日が尋常ではない永遠であることに違いはなかった。  そんな気の遠くなるような戒めの中で唯ひとつ、五龍が俺に与えた慈悲の計らい、それは千年の転生の間を紫燕と共に過ごせるということだった。それを聞いた時は信じられない程に感極まった。だがすぐに、それが大して喜ばしい計らいではないということを知った。  意識が無いとはいえ、俺と契りを交わした紫燕にも同じ罰が与えられるというのが本当のところらしく、しかもあろうことか俺はすべての記憶を伴ったままこの後千年をさまよわなければならないのに対して、紫燕の記憶は生まれ変わる度に真っ更に戻されるというのだ。  当然のごとく、紫燕の中にはすべての記憶が存在しない。天上界で俺たちと幼馴染だったことも、神界で共に戦ったことも、そして俺が誰であるかということすらもヤツの脳裏には存在しないということだ。ただ同じ地上界にて生を与えられるだけというらしい。つまりは『紫燕の生まれ変わりであるその誰か』に出会えるかどうかの保証はなく、例え出会えたとしてもヤツは俺のことを覚えてはいない。  だが出会えさえすれば、紫燕と知り合いになることは可能で、それは地上の人間たちの一生となんら変わりはないという。そこから先、ヤツとどんな付き合い方をしていくのも俺次第ということだ。  俺は程なくして地上界へと追放され、紫燕と巡り合えることだけを拠りどころにして生きた。

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