5 / 31
◇ 破天 ◇ 遼玄の回想 四
追放の際に言われた五龍の言葉が今でも頭に残っている。
千年の内でお前と紫燕が出会える可能性は万に一つ、或いは一度たりとも出会うことは叶わないかも知れない――それでも俺は有難かった。この地上のどこかにヤツもまた、必ず存在しているのだということが何よりの励みだった。
きっと捜し出してみせる。
強い思いを胸に地上に降り立ってからどのくらいの月日が経っただろうか。そして俺は今、いったい何度めの転生を迎えたのだろうか。あまりにも永い時間の中にあっては、もうすべてが絵空事のように感じられる。
時折、自分が誰なのかも分からなくなりそうな時がある。何の為に此処にいて、何の為に生かされているのかも、すべてが理解できなくなる時がある。これが自分の犯した罪の戒めなのだということも忘れてしまいそうになる。それとは逆に、俺の中で紫燕の記憶だけが強烈な印象となって胸を締め付けてくる。
あいつのことだけは忘れられずに――
日を追うごとにはっきりと鮮やかに生まれ出ずるような感覚が正直辛い。
あいつの顔立ち、あいつの声音、あいつの仕草、口癖、そして匂いまでもが鮮明に俺を包んでやまない。
怒った顔、悲しそうな顔、指の形、鎖骨のくぼみ――これまで気にとめたこともないようなことまでもがどんどん浮かんでは、新たな記憶となって俺の脳裏に蓄積されていく。
何処にいるんだ紫燕……!
何度そう叫べどその声があいつに届くことはないのだろうか。俺はやはり、一度たりともあいつに会えないまま、この永遠をさまよい続けなければならないのだろうか。
これが罰なのだろうか――
すべてがもうどうでもよく思えてくる。
だからといって、仮に自らこの命を絶ったとしても、延々と繰り返される輪廻転生の摂理は変わらない。今回の世界で紫燕に出会える見込みが薄いだろうからと自ら転生しても、次で会える保証もない。
ほとほと嫌になってしまうんだ。考えることも望むことも、何もかも意味がない。俺にはただ戒めの期間が過ぎるのを待ち続けるしかできないのが現状だ。
そんな俺を見かねてか、神界にいるはずの残り三人の仲間である帝雀、剛准、白啓が、様子を見に顔を出すようになったのはいつの頃からだっただろうか。
気がつけば、奴らはこの地上界に降りて来て、俺の周りで寝起きを共にしていた。まるで何事もなかったかのように、当たり前のように傍にいた。今ではもう地上に居付いて、これでは殆ど一緒に罰を受けているような状態だ。
バカな奴らだ。
お前らには関係のないことなのに。
無気力な俺に代わって紫燕を捜し、生活の為に仕事を見つけては働き、本来ならする必要のないことをわざと買って出やがる。
住処を探し、寝食を共にして、俺の命が尽きればまた次の転生に先回りして同じことを繰り返す。
戒めの生を与えられている俺にとっては、生まれ変わっても両親すら存在しない。いつでも孤児として生まれ、物心つく頃には今までのすべての記憶が蘇り、自分が誰であるかを悟る。
だが見かけが子供では働くことも儘ならず、当然の如く非常に困難な日々が待ち受けている。その日その日をやり過ごすだけがやっとの繰り返し、金は稼げず住処もない。
そんな中で盗みを覚え、大人たちの目をごまかしては、身を隠しながら廃墟を探して雨風をしのいだ。厳しい日々を生き抜けずに、幼いまま絶えてしまったこともある。万が一、幼少期をかいくぐることができたとして、例え大人になったとしても生活していくことだけで精一杯、紫燕を捜すどころの余裕もないままに、気づけば辛辣な人生に腑抜け同然になっている。
どちらにしても過酷なことに違いはなかった。
そんな俺を見ていられなかったのだろう、どうやって神界を抜け出して来たのか、奴らは地上へと降りて来ては、俺と生活を共にするようになっていた。
神という立場の奴らは歳をとることもなく、人間界でいえば二十二~二十三歳位の青年のままだ。俺が赤子の時分から奴らの年齢を通り越し老いて死ぬまでずっと傍にいやがる。
女と知り合うこともなく、誰かを愛することもなく、いい思いなど皆無だろうに。
慣れない男手だけで乳児から老人までの生涯に連れ添い、次の世でも延々と同じことをしてのける。楽しみのひとつもないだろうにずっと傍を離れない。それどころかいつでも笑顔を絶やさずに明朗快活だ。
俺が幼少の内は皆で賑やかしく転がしては遊び、老けていく姿を見れば珍しそうに笑いやがる。そこにとてつもない愛情がなければこんな笑顔はできないだろうということをひしひしと感じるのが辛くてたまらないんだ。
俺には何も返せない。
ただ世話になるばかりで、ただ迷惑をかけるだけで、何ひとつ――お前らにしてやれることなんてない。
第一、神という立場を放り出してこんなところにいれば、お前らにだって罰則が課せられるのではないか?
五龍のじいさん共はどういうつもりでいるんだ。こいつらが俺のもとに来ているのを知らないはずなどなかろうに――
ともだちにシェアしよう!