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◇ 日狂 ◇ 壱

「よう、やっとお帰りか?」  待ってたぜとばかりに、雨でずぶ濡れになった二人の姿にクスッと微笑みながら、男たちがそう声をかけた。白虎神の白啓と蒼龍神の剛准だ。  ニヤッと口元をゆるめて冷やかし半分ながらも、二人共にどこか安堵の表情が垣間見える。遼玄、いやこの世界での名は遼二だったか、彼はそんな二人の様子を見るなり、申し訳なさで胸がいっぱいといったように瞳を翳らせた。 「そいつからも聞いたろ? やっと紫燕らしき男の居場所が分かったんだぜ」  その言葉に胸が震える。  雨で張り付いた着物の合間からドクドクと心拍数が脈打つのに、この世界へ来て、初めて生きているという感覚を実感した。  地上界へ来て幾年月、人ひとりを捜し出すのにどれほどかかったというのだろう。一応、神という立場の彼らでさえこんなに苦労するのだから、自分一人の力では到底無理に等しいことなのだと、今更ながらに痛感させられる。 「紫燕は今、この先の街の賭場にいるようだ」 「賭場――?」 「ああ、そこで賽振りをしてるらしい。とりあえず昨夜、ヤツがいるらしいって噂の賭場に出向いて確かめたところじゃ、面構えといい、声といい、紫燕に間違いはなさそうだった」  煙管(キセル)をふかしながら、いつになく白啓が生真面目な表情でそう言ってよこす。その傍らから剛准も口を挟んだ。 「ヤツは『紫月』と名乗っていて、あの界隈じゃかなりの腕ききの賽振りらしいぜ。何でも幼い頃に両親亡くしてフラついてたところを拾ってくれたのがヤツの師匠で、その御人が賽振りだったらしい。それからは親代わりみてえにしてヤツの面倒を見てたようだが……。その師匠っていうのも半年くらい前に亡くなっちまったって話で、ヤツは今、師匠の後を継いで賽振りで生計立てながら街外れの(ヤサ)でひっそり暮らしてるって話だったが、その場所まではつきとめられなかった。ちらっと聞いた話じゃ、あまり他人(ひと)と付き合いもしねえ変わり者だって噂だ」  ざっと経緯を聞いただけでも、紫燕がどのような人生を歩んできたのかが手に取るように想像できた。幸福であたたかいとは呼べないようなそれは、自らの歩んできたのとさして違いはないのだろうか。  そんなことが思い浮かんでは、更に胸が震える気がしていた。 「早速だが街へ行って賭場へ出向いてみよう。もう一度お前自身の目で確かめてみりゃいい」  その言葉に身体中の血脈が逆流するかのように熱くなるのを感じた。  本当に紫燕と会えるのだろうか――  想いが一直線に走り出す。  逸る気持ちを抑えながらも、遼玄の熱い眼差しは感無量といったようにわずかに潤んでいた。  そんな様子を横目に、白啓は少々表情を翳らせ気味にしながらひと言を付け足した。 「なあ遼玄よ、せっかくの気持ちに水を差すつもりは無えが……ひとつ言っておきてえことがある」 ――? 「俺たちの調べたところじゃ、紫燕のヤツは今のところは独り身らしいって話に違いはねえんだが。もしかしたらよ……その、何ていうか……惚れた女、とか……そういうのがいねえとも限らねえ……」  だからもしそのようなことを目の当たりにしても傷付いたりしないようにと思って、と、そんな意味合いなのだろう。  普段は熱血気質の白啓が言葉を詰まらせながら視線をそらす。そんな様子は、彼が何を言わんとしているのかということを物語っていて、言いづらそうに口ごもりながらも精一杯こちらの気持ちを気にかけてくれているのがありありと伝わってくるようでもあった。遼玄はくしゃりと瞳をゆがめると、皆に向かって深々と頭を下げた。 「白啓、剛准、帝雀――済まねえ。お前らにはどんな言葉で礼を言ったって……言いきれねえ。本当に……恩にきるぜ」  『お前らが何を言いたいのかもよく分かってるぜ』というように、遼玄は心の底から感謝の意を込めてそう言った。  こんなにしてもらって、本当にどんな言葉を重ねても礼など言いつくせるものじゃないのはよくよく分かっている。  本当に感謝している。  目頭を熱くしながら頭を下げる遼玄の様子に、彼を迎えに行った帝雀がクスッと微笑んだ。 「さ、もう頭を上げておくれよ? それにな、俺の名前は帝斗だ。ここ(地上界)ではそういうことにしとかないと! 一応、国々によってふさわしい名ってのがあるらしいから。外国人だと思われちゃ厄介だろ? お前さんの名も遼玄じゃなく『遼二』ってな?」  そう言って場を取り持つようにわざと明るくおどけて見せる。それにつられるようにして白啓も剛准も自らの名を確認し合う。 「えーと、俺は何だっけ?」 「白夜だろ? 俺は剛。覚えやすいだろ?」  おどけ気味にガッツポーズをしてみせる様子に、しばし場がわきたち、和やかな雰囲気が皆を包み込んだ。  そんな気遣いにも胸の奥がキュッと熱くなるようで、遼玄はあふれる思いに強く唇を噛みしめた。

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