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◇ 残月 ◇ 参
違うんだ。俺は本当はお前を……お前が紫燕であるかを知りたくて……!
そう言いたいのに言葉が乾いて肝心の台詞が出てこない。
静寂とは裏腹の熱い空気が互いの間に伝い広がるのをはっきりと感じていた。
そして、月光をさえぎる雲の厚みがひと時の闇となって二人を包む。
「なあ、あんた……オトコは抱ける――?」
「……ッ!?」
「気色悪ィなら無理強いはしねえが……俺、一度くらいはてめえでいいなと思ったヤツと一緒に眠ってみてえ……あんたみてえなイイ男とさ……」
そう、今までの望まない誰かに穢されるんじゃなく、自分で望んだ唯一人とひと時の夢が見られたらいい。
たった少しの時でいいから、
淡い幻想で構わないから、
そうしたら、汚れた俺の今までのすべてを洗い流せそうな気がするんだ。
吐息とも声ともつかない儚い言葉が風に消える。
堪らずに、彼の傍へと駆け寄り、その腕を引き寄せた。
「紫燕――ッ!」
「――?」
「そんなこと言うと……本気にするぞ」
「ああ……もちろん。あんたが嫌じゃなけりゃ……」
引き寄せた腕を自らの腰元に導きながら背中ごと抱き締めた。
フワッと頬をくすぐるやわらかな髪の匂いに胸の中が掻き回されるような懐かしさがこみ上げた。ドクドクと流れる血脈は熱くて、瞬時に汗ばむくらいに火照り高鳴る。これが夏の夜特有の湿度のせいなのか、あるいは自らの想いの熱さのせいなのか、そんなどうでもいいようなことが脳裏を巡る。
見つめ合い、探るように唇を奪えば、まるでこれまでの閉ざされた永遠が一気に解き放たれるかのように激情があふれ出した。
腕を、
背中を、
髪を、
頬を、
触れ合うごとに、その触れた箇所から金色の光が立ち上っては二人を包み、それはまるで黄金の龍の化身のようでもあって、遼玄はあまりの驚きに我が目を疑った。
これは黄龍の化身――?
やはりお前は紫燕なのか……?
遥か昔に共にあった記憶が次々と浮かんでは鮮明に蘇る。
「紫燕っ……ああ、紫燕ッ……! 好きだ……お前が……お前だけが……」
俺のすべてだ――
汗ばんだ袷に指先を引っ掛けて押し広げれば、白肌に浮かぶ胸の突起にクラリと視界が歪んだ。
どうしょうもない程の淫らな欲情が何百年の永遠を突き破って身体中を這いずり回る。そこを吸い取るように唇を近付け、待ち切れずに舌先で舐め回せば、色香にあふれた喘ぎが月光の中に立ち上った。
彼を布団へと押し倒し、乱暴に求めれば、肌蹴た着物の中では既に蜜液が自らの雄をとっぷりと濡らしているのを感じて、より激しくその肌を貪った。
解けかかった角帯を剥いで、着物を破るような勢いでむしり取る――
組み敷いた男のソレからも透明な蜜があふれ出しているのが分かって、堪らずにそれを口で咥え込んだ。
「……っ、ああっ……は……ぁっ!」
淫らによじられる腰元の動く度に独特の雄の匂いが鼻をくすぐり、それと同時に激しく乱れていく寝具のしわにも抑え切れない欲情がドクドクとあふれ出し――
夢見ていた
この時をずっとずっと夢見ていた
熱情のままに、痛い程に腫れあがった硬い雄を彼の秘部へとねじ込んだ。
そう、このまま――
ずっとこのまま、お前が誰であろうと構わない。
紫燕にそっくりなお前が、
黄金の龍の化身をまとったお前が、
ヤツの生まれ変わりであろうとなかろうと、そんなことはもうどうでもいい。
放しはしない。
もう二度と大事なお前を放さない。
二度と――
「紫燕ッ……! ……っい……してる……! 愛してる紫燕っ……!」
激しい挿し抜きを繰り返しながら、遼玄は永き想いのすべてを掠れる声に託して叫び続けた。
何度も何度も、同じ叫びを繰り返した。
まるで嗚咽とも呪文ともつかないようなその叫びと共に、頬を伝うあたたかい雫がボロボロとこぼれて落ちる。
自分を抱き締めながら涙をこぼすこの男を見つめながら、『紫燕』もまた、頭の奥の方から誰かに呼ばれるような不思議な感覚にとらわれていた。
小さな光が脳裏の隅から手招くように浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。その先に何かとてつもなく大事なことが待っているような、あるいは大切な何かにつながっているような気がして胸が熱くなる。
何時だったか、俺はこの匂いを知ってる――
この男の嗚咽を、
この男の涙のあたたかさを、
どこでだったか感じたことがあると思うのは錯覚か?
あの光の向こうから俺を呼ぶのは、ひどく大事な何か――
忘れるはずのない誰か――
あれは誰だ?
あの光は、
何なのだろう?
頭の片隅にチラつく微かな光が格子を照らす月の光と相まった瞬間に、身体中が掬われそうなほどの到達感が背筋を這い上がり、弾けた白濁が二人の腹の間でねっとりと熱く絡んで濡れた。
熱い吐息にとろけた視線、じんわりと額を覆う汗に濡羽色の黒髪が乱れ重なる。
激しく乱暴な求め方とは真逆の哀しく切ない嗚咽、魂を揺さぶられるようなこの男の抱擁をやはりどこかで知っている。
脳裏を巡る小さな光の向こうに大事な何かを封じ込めているような気がしてならない。いてもたってもいられないような思いに、男は自らを『紫燕』と呼び続ける彼の背にギュッとしがみついた。
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