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◇ 甘夢 ◇ 弐
この手、この指、そしてこの体温の感覚を懐かしいと感じるのは、昨夜この男があんなことを言ったからだろうか。
――俺たちはずっと前から一緒だったろう?
お前だけを見てきた、お前だけを求めてきたと、心の底から叫ぶようなこの男の熱にほだされかけているだけなのだろうか。
蒼い闇の中でずっとそんなことを考えていた。
ふと、
「なあ、俺と一緒に行かねえか」
ポツリと背後からそんな言葉が耳元をくすぐった。驚いて振り返れば、まるですべてを抱き包まんとばかりに男が自分を抱き締める腕に力を込めたような気がした。
まさかずっと起きていたというのか。ではさっき腕に幾度となく口づけたことも知られてしまっていたというのだろうか?
狸寝入りなんて反則だ――そう思いながらも、何だか急に頬の染まる思いがして、広い胸板の中でしどろもどろに視線を泳がせた。
そんな様がおかしかったのか、男はクスッと微笑うと少し掠れた感じの低い声で、
「名前、何だっけ?」
そう囁いた。
「え……?」
「あんたの名前、紫月……っていったっけ?」
「あ、ああそうだよ」
「じゃあ紫月。この街を出て俺と一緒に行ってくれないか? この先の人生を俺と一緒に……生きてくれないか? お前と離れたくない……もう二度と……」
放したくはないんだ――!
その言葉を聞いた瞬間に、意志とは関係のないところで突如涙がわき上がるような感を覚えた。ズン――と心臓の深いところに何かを打ちこまれるような、それと同時に呼吸も儘ならないような衝撃が全身を貫き伝う。
感激とも感動ともつかない、まさに理屈抜きで魂を打ち抜かれるような衝撃に、心が震える。
「なんで……俺……?」
やっとのことでそう訊けば、
「言ったろ? 俺とお前はずっと一緒だったんだ。生まれる前からずっと……! お前は覚えてないだけだ……」
「それって、前世から一緒だったとか……まさかそんな意味?」
「ああ、そうだ」
「はは……あんたってホント、おかしなヤツな? 前世知ってるとか生まれ変わりとか、それじゃまるでアンタ、神様みてえじゃねえか」
――ああそうだよ!
そうだったろう……?
俺たちは神界で、そして天上界で、ずっとずっと共にあったろう?
男の心の声が、何度も何度もそう叫んでいるかのように頭の中で繰り返す。
「お前がいなきゃダメなんだ……お前とじゃなきゃ生きてる意味がないんだ……シエ、いや、紫月……っ!」
愛してるんだ――
味わったことのない安堵感、
身体中が火照るような甘やかな気持ち、
そして、すべてを焦がすような恋情が抑え切れない。
出会ったばかりだとか、そんなことはどうでもいいと思えた。
心の底から、この腕から離れたくはないと、
そう思った。
「わかった……あんたと行くよ。名前――教えてくれよ、あんたの……」
「遼玄、いや……遼二だ」
「遼二……? 俺も……あんたと一緒に……」
生きてゆきたい――
格子を照らすキラキラとした光が眩くて、二人は共に額を擦りつけ合うように向き合うと、クスッと同時に微笑んだ。
温かい肌、甘い吐息、そして不思議と心を揺さぶる懐かしい匂いのするこの腕と腕とを取り合って、ずっとずっと共にありたい。そんな思いに心がほころんだ。身体中が幸福感でいっぱいだった。
今生において、これが最後の至極の瞬間となることを知るよしもなく――
そう、お前と一緒なら何もいらない……!
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