17 / 31

◇ 夜叉 ◇ 弐

「しかし親分も惨いことなさりやすよねぇ? あの優男をひん剥いたまではいいが、まさか男色小屋の奴らを呼びつけて輪姦(まわ)させるなんざ、あっしらにゃ、到底思いもつきませんぜ」 「仕方ねえだろ。親分がやさしく可愛がってやるってのに、あの野郎が断りやがったんだから! なんでも親分にツバまで吐きかけたって話じゃねえか」 「ホント、馬鹿な野郎ですよねぇ、おとなしく可愛がられてりゃあんな酷え目に遭わずに済んだってのに。けど、ちょっと惜しい気もしやすよね? どうせならあの野郎を捨てる前に、俺たちもお零れに預かりゃよかった。何せ絶世の遊女に勝るとも劣らねえぐれえの男前でさぁー、一度くれえはあんなの抱いてみるのも悪かねえんじゃねーかって」 「ばっきゃーろーッ! あんなくたばり損ないなんぞ、抱く気になるかってんだ! しかも男色小屋の連中が食い散らかしてボロ雑巾みてえになってるヤツだ? そんなの相手に勃つかってんだ。もとがどんなに綺麗だろうが真っ平御免だぜ」 「はぁ、そりゃそうですけどねぇ。でも、そんならトドメぐれえは刺してやった方がよかったんじゃねえですかい?」 「心配いらねえよ。あの傷じゃ、くたばんのは時間の問題だ。隙をついて親分の床の間にあった刀で、てめえの脇腹掻っ捌きやがったんだ。こっちも数人巻き添え食って、危うく死人まで出ようって始末だ。散り際に大暴れして面倒事を増やしやがった! それより急ぐぞ! 気を取り直して親分が晩酌つけてんだ」  木立の中を邸の方へと遠ざかってゆく男らの姿を呆然と見つめながら、帝雀らはあまりの内容に蒼白となっていた。遼玄に至っては、最早蒼白どころではない。血の気の失せた唇をガタガタと震わせながら、開いた瞼は乾ききり、瞳孔は開きっ放しのような状態で硬直していた。 「とにかく……あの男たちが来た方へ急ごう……紫燕が近くにいるかも知れない!」  帝雀にうながされ、皆は固唾を飲むように互いを見合った。 ◇    ◇    ◇  林の奥まった方へ分け入ると、所々に血のかたまりの落ちた痕が目に付くようになった。先程の男らの話の内容からしても、おそらく紫燕のものに違いない。  皆は必死でその後を追い、紫燕の行方を捜した。だが、そうこうする内に、もと来た林道の入り口付近へと戻っていることに気がついた。  血痕は明らかに林を抜けて街の方へと続いているようだ。瀕死に近い傷を負っているのだろうに、紫燕は移動を続けているということか―― 「まさか……あいつ、俺たちの所へ帰ってくるつもりなんじゃねえのか……っ!?」  そうだ、昨夜いたあの街の、あの宿に向かっているとでもいうのか――  白啓の言葉に、皆は一気に焦燥感に包まれた。 ――紫燕……いや……紫月ッ……!  たまらない思いに、遼玄は駆け出した。何処へ向かうともなしに、ただ本能の呼ぶままに、何かに導かれるとでもいうように駆け出した。  真正面には街へ向かう一本道が、奇妙な程の夕闇の赤で染められている。  まるでその毒々しい色に紛れるようにして道端にうずくまっている一人の男を見つけた時に、すべてがとまった――  左半分が血染めになった着物は、昨夜泊まった宿で貸し出されていた寝巻の浴衣だ。その袷を開き、彼の熱い素肌に口づけたのは他でもない、この自分――  甘く幸せな夢のひと時が脳裏を巡る。  無我夢中で駆け寄って、彼をその手に抱き起こせば、驚いたように開かれたその瞳が、僅かに微笑んだように思えた。 「……っ……遼二……? な……んで……ここ……に……?」 「しゃべるんじゃねえッ……! じっとしてろ……じっと……じ……ッ」  昨夜、愛しんだばかりの懐かしい頬には、殴られたようなドス黒い痣が浮かび、切れた口元の端が紫色に腫れている。  肌蹴た着物の襟から覗く肌には掻き毟られた爪痕のようなものが無数に飛び散り……。  そして、脇腹に滲む流血とは別に、内股あたりから伝って乾いたような血生臭い痕が思考を破壊してゆく。  何も言わずとも聞かずとも、それらが彼に起った惨事を物語り、あまりのことに目の前が真っ黒の闇で閉ざされた。 「……ご……免な……りょ……じ、遼二……ッ、アンタ……との約束……守れな……い……俺……」  そう、多分もう一緒にはいけない。そんな気がする――  どんどん意識が遠のいていくのが分かる。きっと俺はこのまま死んじまうんだろうな……?  でも最期にアンタに逢えてうれしかった。ほんの一時でもアンタのようなイイ男と巡り会えて幸せに浸ることができた。  一緒に生きようとまで言ってもらえて、信じられないくらいにうれしかった。  あんまり幸せなんで、夢でもいいと思った程だ。  今だってこうして抱き包んでくれてる。  それだけでもう何も思い残すことなんかねえよ――  できれば一緒に生きたかったけれど。もう少し、ほんの少しでいいからアンタと一緒の時を過ごしたかった。  けれどもういい。  こうしてちゃんとアンタのもとに辿り着けたんだから、もう何も望むことはないよ―― 「……じ、……遼……二……アンタに逢えて……俺……」  幸せだった――

ともだちにシェアしよう!