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◇ 夜叉 ◇ 参

「……? ……燕……? 紫燕ッ……! おい、どうした……目を開けろよ……紫燕……紫……紫月ーッ……!」  辺りをつんざくような絶叫に、何処からともなく人々が集まって来る。そして惨状を目にすれば、その惨さに顔を背けるように悲痛な表情で遼玄らを取り囲み、それらがより一層の悲しみをえぐり出すかのようだった。  どうしてこんなことになるんだ――  ついぞ先刻までは確かにこの腕の中にあったものが、こんなに惨く形を変えてしまう。  森羅万象を操り、四凶にさえ打ち勝ったはずの、不老不死の玄武神とまでされた男が聞いて呆れる無様さだ。  今更ながらに自らの犯した罪を悔いては気が違いそうになる。不安に苛まれ、欲望を抑えられずに流されてしまったあの時の愚かさが、重く頭上に圧し掛かってやまない。  自らの過ちと無力さを呪っても、どうにもならない現実が身を引き裂くようだ。  立場に甘んじ、仲間さえをも巻き込んで、辿り着いたのがこんな結末だなんて。  何もできずに、何も変えられずに、たった一人の愛する者さえ守れずに、それでも俺はのうのうとこうして生きている。この身体には血が通い、心臓が脈打ち、何不自由なく平然と生きているだなんて……!  こんな惨い現実をどう受け入れろというのだ。  嗄れた声で絶叫を続け、声を、喉を、自分の持てるすべてを潰してしまうかのように遼玄は泣き続けた。  血まみれの冷たい身体にすがりつき、狂気のままに抱き締めては、そのまま一緒に土にかえらんとでもいうように地面に突っ伏し、身を震わせ続けた。 ◇    ◇    ◇  気が違う程の赤い夕闇に漆黒が降り立ち、混ざり、この世界をどす黒く染めてゆく。  あふれる涙がどうしょうもなくて天を仰げば、今までの数百年の日々が一気に蘇るような気がした。  天上界で寄り添い、支え合って生きた日々のこと、  神界で共に戦った時のこと、  この地上にて、地獄のような永遠を彷徨いつづけ、ようやく巡り会えた唯一人の愛しい人を腕に抱いて甘夢に浸った――  そしてこの惨劇の結末。  誰のせいというわけでもなく、もとを正せば自らの過ちのなれの果てだと分かっていても、遼玄には目先の憎しみをとらえることでしか、今の己を保つことができなかった。  それは帝雀らにとっても(たが)うことのなく―― 「……る……さねえ……っ、あいつらぜってー許さねえっ……!」  フラフラと立ち上がり、まるで夢遊するかのように、来た道を戻ろうとする遼玄の腕を帝雀が掴み、引きとめた。 「何処へ行くつもりだ……ッ!? 遼玄……っ!?」  掴まれた腕を振り解き、彼の目に映る先は最早ひとつしかありはしない。  誰の問い掛けも耳に入らず、誰の思いも通じない。  そんな彼を止められる者もまた、皆無であった。  帝雀も、剛准も、白啓も、遼玄が何処に向かい何をするつもりなのかが分かっていても、それを止めることは誰にもできなかった。  遼玄に代わって紫燕の亡骸をそっと抱き締めながら、帝雀らは涙を噛み締めた。  その後、賭場の元締め一家を惨殺した大罪で、遼玄は捕らえられ、公開処刑とされた。  あの夏の時からしばらくの後、壮絶な悲しみを代弁するかのような深紅の枯葉が舞い散る季節のことだった。  河原にて人々への見せしめ引き回しの上、討ち首獄門、それが遼玄に下された沙汰であった。  遠目からその様子を窺えど、何の手助けも手出しもできないままで、帝雀らもまた、苦渋の思いを噛み締めていた。  如何に神といえども、人の世の摂理を捻じ曲げてまで遼玄を救うことはでき得ない。そしてまた、紫燕亡き今となっては、例えこの世界に生きながらえたとしても惨い思いを重ねさせるだけだ。  行き場のない思いと自分たちの無力さを持て余し、唇を噛み締める白啓と剛准を背にしながら、帝雀は言った。 「……さあ、こうしていても仕方がない。俺たちも遼玄の転生先へ急ごう……そしてつぎの世ではきっと……」  そう、きっと何が何でも再び紫燕の生まれ変わりを捜し出し、今度こそ必ず彼らを添い遂げさせてやれるように――  遠く河原に立ち上った魂の気配に、今生での遼玄の生きざまを看取ると、帝雀らは次の世へと先回りすべく、その場を後にした。

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