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◇ 恋慕 ◇ 参

 その頃、帝雀らの想像通りに今までの記憶の一切を失くした状態で転生していた遼玄は、花街にある遊郭の庭師として成長を遂げていた。  前世での惨い出来事に堪え難い苦痛と衝撃を受けたことで、今生では自らも意識しないところで記憶を封じ込めてしまっていたのだ。  とはいえ今まで同様、孤児として生まれた彼は、幼い頃に遊郭の庭師をしていた親方に拾われて今日まできた。故に帝雀ら仲間の助力がなくとも、何とか生き延びられたといったところであった。  名を『遼二』とされ、親方からはずっとそう呼ばれて育てられた。  その親方も亡くなった今、思いがけずに紫燕の生まれ変わりである『紫月』と出会ったのは単なる偶然だろうか、皮肉なことに二人にはお互いに関する記憶が一切無い状態だ。つまりは、地上界の人間の一生と何ら変わりのない境遇で、彼らは出会い、生きているということになる。  紫月の方は遊郭の店子として、幼い頃に店主に拾われたらしい。生活苦から両親が売り飛ばしたようなものだった。  当時、まだほんの子供だった彼は、遊郭の掃除やら雑用をはじめ、先輩の店子たちの支度の手伝いなどを仕込まれながら育てられた。今年で数えの十八歳を迎える年となった今、そろそろ店子としての披露目の日が近いことも承知していた。 それを証拠に近頃では、店主から数々の着物を新調されたり、部屋も広い間取りの雅な場所へと移されたりと、日に日に忙しなさが増してゆく。  店主による教育は無論のこと、先輩の店子たちをずっと見続けてきた彼には、男が男に色を売るということが、どんなことなのかも察しがついている。幼い頃からそれが当たり前の世界で育ったせいで、別段嫌悪感や拒否感があるというわけではなかったが、披露目の時が迫っていることを実感するにつれ、何となく気重な感が否めないのもまた事実であった。  店主から与えられた新しい自室は、建物の上層階にある高級で雅な部屋だ。  非の打ちどころのない美しい容姿もさることながら、何もせずともにじみ出る色香はその類の客を夢中にさせられるのだとかで、とにかく相当な期待をかけられ、見込まれて育てられてきた。  お前には生まれもっての才覚があるのだと、幼い頃から店主に散々言いつくされてきたことだ。それ故、他の店子らよりも大事にされてきたようだ。  とはいえ当の紫月にしてみれば、自分にそれ程の才能があるのだなどと言われても、正直なところピンとはこない。まあ、まだ客を取る段階の披露目にさえ至っていない今の状況では、それも当然かも知れないが、とにかく自分はこの遊郭の稼ぎ頭として見込まれているのだということには薄々勘付いていた。  稼ぎ頭――  曰く、それ相応の客数を相手にしなければならないのだろうか。それとも他の店子たちよりも高値で売買されるというわけか――いずれにせよ、見も知らない誰かに色を売ることに変わりはない。  客の機嫌を取り、身体を開いて床を共にする。分かってはいたことだが、そんなことを考えればどうにもやるせなくて仕方がない。優雅な部屋の窓辺にもたれながら、それとは裏腹にため息の絶えない日が続く。美しく彩られた庭に陽が落ちるのを眺める瞬間が、最も憂鬱に思える瞬間だった。  そんな中で、その庭木を懸命に手入れしている一人の青年の姿に気をとられるようになったのは、いつの頃からだったろうか。自らと同じくらいの年頃の彼が、額の汗を拭いながら、真剣な顔つきで木々と向かい合っている様子が新鮮に映った。その瞳にはキラキラと輝く夕陽の色が映し出されてとても綺麗だ。いつも気重に感じていた夕陽の橙が、不思議と憂鬱に感じられなくなったのは、働く彼の姿があまりにも清々しく思えたからだろうか、いつしか紫月は庭師のその青年にひどく興味を惹かれるようになっていった。

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