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◇ 乾坤 ◇ 遼玄の独白

 この世に許されない想いというものがあるとするのなら、それはどういうものを指すのだろう。  例えば身分が開き過ぎているからそぐわないだとか、  男同士だから背徳だとか、  それとも神同士だから決して契りを交わしてはいけないだとか、  いったい誰がそんなことを決めたのだろう。  唯一人の愛する相手と想い合うことすら許されない、そんな世界ならいっそのこと壊れてしまえばいいと思う。  そう、平穏だったこの世界に四凶の獣がもたらしたあの災いの時に、すべてが壊れてしまえばよかったのだと、そんなふうに思うのは身勝手なことなのだろう。重々承知していても、今はただ歯がゆいだけだ。  行き場を失くしたこの想いを抱えたまま、どうやって生きろというのだろう。何度生まれ変わっても消えることのない唯ひとつの想いをどうやって諦めろというのだ。 ――なあ帝雀、お前らと共に笑って過ごせればこんなに楽しいことはない。 ――なあ剛准、時には喧嘩もして、拗ねてみたいと、そう思う。 ――なあ白啓、うれしい時には喜び合い、哀しい時にはただただ傍にいるだけでいい。 ――そして紫燕、唯一人の愛するお前とずっとずっと共にいられるのならこれ以上の至福はない。  そんなことを望む俺は我がままなのだろうか。  それは決して叶うことのない身勝手な願いなのだろうか。  時々分からなくなるんだ。  俺はいったい何を間違ったのだろうと――  神界で戦い、そして罪を犯し追放された。気の遠くなるような永い月日の中でずっと考えていたこと。俺はいったい何をしたというのだろう。  ただ愛する人を抱きしめただけ、それがそんなに悪いことだったのか。  神界に召喚されて、神としての立場を得、永遠の命を与えられて、何不自由なく過ごせるその境遇を、本当はもっと重く真摯に受け止めるべきだったのだろうか。けれども俺には、神としての立場などよりもっと大切なものがあったんだ。  こんなことを思う時点で、既に俺はすべてに於いて失格なのだと痛感する。  『愛する人や大切な仲間と共に過ごしたいだけ』という俺の望みは贅沢なのかと、決して許されることのない背徳の希望なのかと、そんなふうに誰かを責めんばかりの苛立ちを抱え、焦れる思いを持て余す。まったくもってバカな野郎だと、頭では理解できても気持ちがついていってはくれない。俺は本当は間違ってなどいないと、都合のよい自問自答を繰り返す。  地上界に追放されて幾年月が経っただろうか、その間に自らの幸福を投げ打ってまで俺と共に過ごしてくれたお前らには、どんな言葉や行いを持ってしても返せる恩ではないのだと、心からそう思っている。例えばこの先、もしもお前らと俺の立場が入れ替わることがあったとして、同じ年月をお前らの為に捧げたとしても、決して足りるものではないだろう。  どんなに感謝しても、し尽くせない程にお前らの友情は厚くてあたたかかった。  だから俺は忘れない。  お前たちが俺に与えてくれた大いなる気持ちのひとつひとつを絶対に忘れない。例え本当にこの世界が滅びてしまったとしても、深く深くこの胸に刻んで忘れないと誓おう。そしてもう、俺の為に自らを犠牲にしないで欲しいということも、共に願いたいんだ。  俺はきっとこの後、またどこかの時代のどこかの世へと転生するだろう。けれどもう、俺を追って地上界に降りて来てくれずともいいのだと、心からそう伝えたい。  お前らには神界で、神としての立場があるのだから、もう俺のことは気にかけてくれずとも大丈夫だ。  そしていつの日か、この罰を終えて再び巡り会えることがあったならば、その時こそ大声でこの気持ちのすべてを伝えたい。  心からのありがとうを精一杯伝えたい。  そんなことしかできない俺を許して欲しい。罪を犯し、神界を追放されてお前らまで巻き込んで、どうしようもないこんな俺にできることなど微塵もないのだろうけれど。  ありがとうと、  愛していると、  例え届くことが叶わずとも、この声をふりしぼって命の限りに伝えるから―― ◇    ◇    ◇  玄武神、遼玄が地上界に追放されて幾度目の転生を終えた時だろう、頃は浪漫薫る、処は和の国、『遼二』という名で生まれ、遊郭の庭師をしていた情の厚い男に拾われて育てられた。成長し、遊郭の店子であった『紫月』と巡り逢い、いつしか愛し合うようになった。そして許されない想いは引き裂かれ、享年十八歳の短い終生を経て――  これが最期の瞬間に彼が言い残した言葉だった。

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