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◇ 乾坤 ◇ 壱
遼玄が地上界にて一時代の生涯を終えた直後、彼の友人である帝雀、剛准、白啓の三人の神々は、神界を治める頂点である【五龍】の下へと赴いていた。
理由はただひとつ、各々に与えられた『神』としての称号と立場から退きたい意を伝える為だった。
自分たちの神という立場を放棄する代わりに、地上界にて罰を受けている遼玄と紫燕に赦しを与えて欲しい。そしてできるならば彼らと共に、ただ一度の生涯を全うさせてもらえるならば何より至極だと、三人は口を揃えてそう懇願したのである。
天上界でも地上界でも、例え地底界でも、はたまたこの世で最も最悪とされる魔界ででも構わない。ただ一度だけ、大切な仲間と共に悔いのない生涯を添い遂げたいのだと、そう言うのだ。
身勝手この上ないことだとは重々承知している。だがその上で敢えて希望することなのだと、深々と頭を下げながらそう言ったのである。
これにはさすがの五龍も驚きを隠さなかった。
しばしの間、沈黙が辺りを包み、だが少しして、帝雀の長である【赤龍】がようやくと口を開いた。
「そなたらの気持ちは分からないでもない。互いを思う友情と愛情も理解できないではない。だがしかし、遼玄と紫燕の戒めとて、あともう少し耐えれば解けるであろう? それが何故待てぬのだ」
今頃になって何を言い出すのだと首を傾げる。確かに彼らが千年の輪廻転生という罰を受けてから、既にその半分以上が過ぎていた。ここまできて、その”あと僅か”がどうして待てないのだと問う。五龍の内で唯一女性である赤龍らしい問い掛けであった。
「そなたらが神界を抜け出し、地上界の遼玄のもとへと足を運んでいたのを知らぬわけがあるまい。我々は敢えて黙認していたのだぞ? それを今になってあと数百年が耐えられないと申すのか!? どうなのだ帝雀!」
自らの愛弟子ともいえる帝雀に向かって、少々声を荒げてそう問いただす。本来、どの神々よりも穏やかであるはずの彼女が、まさに苛立ちを隠せないというのも重々伝わってきていた。
帝雀は心底申し訳ないという思いを体現すべく、頭を地べたに擦り付けるようにしながら丁寧に一礼をすると、だがしっかりと己の師を見上げながら言った。
「赤龍様のおっしゃることは重々承知でございます。確かにあと数百年を耐えれば遼玄らの戒めは解けて、再びこの神界へと戻ってくることが赦されましょう。ですが私たちはその期間が待てないのではございません」
「では何が不満なのだ? 神の立場を捨て、例え魔界に堕ちてまでそなたらが共に過ごしたいという理由は何だというのだ?」
それ如何によっては容赦しないとばかりの勢いで赤龍は言い放った。
その理由はただひとつ――
「理由は、遼玄と紫燕の気持ちを大事にしてやりたいからです。彼らは一応神という立場でありながら、しかも同性同士で愛し合っています。幾度もの転生を経て尚、巡り逢う度にそれは変わらず、互いを求め合ってきました。想いが報われることは決してなかったけれど、それでも彼らは出会う度に互いを想い合った。それを間近で見ていて思ったのです。例えこの先、戒めが解けて神界に戻れたとしても、彼らの想いが変わることはないのだろうと……。神々の間で契りが禁じられている以上、彼らの想いが報われることも決してない……」
「だから……!? だからそなたらが神の立場を捨ててでも、その想いを叶えてやろうというのか? 奴らの為に……自らの幸福を犠牲にしてでもそうしたいというのかっ……!?」
たまらずにそう叫んだ赤龍の声が神界にこだました。
「――仰せの通りでございます。僕らは互いのことを我がことのように大切に思ってやまないのです。赤龍様には心から感謝の気持ちが絶えません。ですが……ッ、どうか勝手な僕らを御許しください……。お気持ちを裏切り、ご期待に添えないこんな僕らをどうか――!」
赦してください――
魂の叫びのような懇願と、そして魂の限りを尽くした謝罪だった。
「――相解った。そなたらの望み、聞き届けようぞ」
そう言ったのは五龍の長である【黄龍】であった。
紫燕の師でもあり、五龍の中でも最も権限を持つとされる、まさにこの世の頂点である黄龍が、しわがれた声でそう言った。
低く、そして重みを伴った威厳のある声音だった。
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