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第13話 山田オッサン編【12】

 同じ夜。  都内某所の大手チェーン居酒屋では、佐藤兄・佐藤弟・それに鈴木という、こちらも珍しい取り合わせが雁首揃えていた。  まず佐藤が鈴木に声をかけた。  ここ数日、意図的に顔を合わせないようにしていた山田と飲むべきかどうか迷った挙句、田中に連絡したが捕まらず、最終的に鈴木に落ち着いた。  そしてテキトーな店に入ったところで弟からLINEが来た。兄貴じゃなく鈴木にだ。 『最近イチさんに避けられてる気がすんだけどさー、こないだ無理やりホテルに連れ込んだせいだと思う?』  それを鈴木が佐藤兄に報告し、みるみる形相を変えた兄貴が弟に返信した。すぐに某所に来いと。  で、いまこうやってツラを突き合わせてるわけだった。 「てかさぁ、そんな写真見つけたコト隠してるとか、鈴リンあり得なくねぇ!?」 「隠してたわけじゃなくて、言わなかっただけだし」 「言わないこと自体あり得ねぇし、言わなかったことを何とも思ってねートコもあり得ねぇ!」  この際コイツも巻き込んでしまおうと、佐藤と鈴木は先日来の『山田問題』を弟に語って聞かせた。そもそも、いま避けては通れないネタだし。それにもしかしたら、弟が何か知ってないとも限らない。  が、案の定、弟は寝耳に水で、案の定大騒ぎだ。  もちろん、別件でもひと悶着あった。 「それは俺も同感だけどな、お前はヒトのこと言える筋合いねぇんだよ」 「なんだよ!」 「何だよじゃねぇだろうが、山田をホテルに連れ込むとかバカかテメェは!」 「荒れてますねぇ佐藤さん」 「どこがだ鈴木」  佐藤がイライラと鈴木の紙巻を奪って火を点けた。お上品に電子タバコを咥える気分では到底ない。 「ほらほら、その顔」 「クソ弟が兄貴のダチに強制猥褻未遂だぜ、穏やかにしてられっかよ」 「ダチとかよく言うぜ、寝てるクセによ! そー思わねぇ? 鈴リン!」 「さぁ」  曖昧な相槌で躱す鈴木。 「てか強制してねーし! てかホテル入った途端そのまんま反対側の出入口から連れ出されて、どーやってワイセツすんだよ!?」 「だから未遂って付けてやってんだろーが」 「山田さんでも操を守ることがあるんスねぇ」  エイヒレをつまみながら感心した鈴木を、佐藤兄弟がそれぞれ見た。 「鈴リン、イチさんをヤリマンみてぇに言うんじゃねぇ!」 「えーと、どうコメントしたらいいのやら」 「鈴木お前、山田の何をどこまで知ってんだ?」 「尻アナ以外でしょうか」 「──」 「イチさんに尻アナなんかねぇから!」 「いや、あるよね」 「なかったらどっからクソ出すんだよ」  佐藤は煙を吐いて4杯目のジョッキを呷った。 「つーか尻アナ以外を知ってんなら、女とガキが何なのかも答えを持ってんだろうな鈴木?」 「すみません。知ってるのは尻アナとその件以外ですかね」 「知らねぇことが増えたぜ」 「減らすために知りましょうか? 俺も山田さんの尻アナを」 「尻アナ尻アナ言うんじゃねーよ!」  弟がジョッキをどん! と置く。  パーティションを隔てた隣のブースがいつしか静かになっていることに、彼らは気づく由もない。 「お前はそんなに山田の尻のアナが気になるのかよ?」 「何その、俺は知ってんだぜ的なツラ? いい気になんなよ?」 「知らねぇっつってんだろうが」 「正直に言えよ」 「あぁわかったわかった、山田の尻アナは最高だぜ、アイツとやったらもうそこらのオンナとはやれねぇよ」  投げ遣りな佐藤の声に鈴木の呟きが被った。 「ちょいちょいやってますけどね」 「お前は俺の何をどこまで知ってんだ鈴木?」 「尻アナ以外でしょうか」 「てかイチさんに訊いちまおーぜ、もう」  兄貴の尻アナには全く興味を持てなかった弟が、速やかに話を巻き戻した。 「本人に訊くのが一番早ぇじゃん」 「そりゃそうだけど」 「アイツが正直に口を割ると思うか?」 「てかさぁ、イチさんにすげー美女とかあり得なくねぇ? どうなの、写真見た鈴リン」 「俺は見たまんまを言っただけであって、どうもこうもないけど」 「イチさん、騙されてるのかもしんねぇ。バツイチ子持ちの美人にタラシ込まれてさぁ、有り金つぎ込んで……あーどうしよー!」 「つぎ込むような有り金がどこにあんだよ、つーかアイツがタラシ込まれるようなタマかよ?」 「だよなぁ、美女にタラシ込まれるくらいなら俺とホテルの部屋に入ってるよなぁ」 「ねぇな」 「いちいちうるせぇんだよ兄貴」 「とりあえず、ひとつわかってることは」  言いかけた鈴木が通りすがりの店員のおねぇちゃんを呼びとめ、生3つ、とオーダーした。 「何がわかってんの、鈴リン」 「山田さんは弟くんを避けてるわけじゃなく、その女子供にかまけてたんだと思うね。タイミングがちょうど重なっただけで」  あぁ、と弟が口を開けた。 「そっか、だよねー、イチさんがそんなことで俺を避けるワケねぇよな!」 「そうだよ。山田さんに限って、ホテルに連れ込まれたぐらいで避けたりするほどナイーヴだとは思えないし」 「なんかお前の言い方はいちいち引っかかるんだよな鈴木」 「別に佐藤さんも連れ込んだことがあるとか言ってませんよ?」 「連れ込んでねぇし」 「オレ尻アナからクソ出してくる」  懸念が払拭された弟が晴れやかなツラで席を立った。  ちょうど入れ替わりでやってきたオネェチャンが、生3つでーす! とジョッキをテーブルに並べて去った。 「でもホント、本人に訊くのが一番手っ取り早いとは思いますよね」  鈴木が言って煙草を咥える。 「まぁ、そうだけどよ」 「佐藤さん、訊きに行ったらどうですか? いまから」 「はぁ? いま?」 「思い立ったが吉日っつーか、善は急げっすよ」 「って急に言ってもよ、何をどう訊きゃ素直に答えんだよアイツが?」  言いながら佐藤はスマホの画面を見た。すでに時刻は午前2時すぎ。  24時間営業の居酒屋店内は喧騒の只中だったが、なかなかの深夜だ。 「大体お前、この時間だぜ」 「だって佐藤さん、鍵……」  鈴木の唇の端で小さく笑った。 「持ってますよね?」 「あのなぁ、鈴木」  寝てんだろ山田は──佐藤の声に、鈴木がますます笑みを深める。  佐藤は思った。そのツラに肚の黒さが透けて見えるのは気のせいか? 「むしろ寝てたほうが好都合じゃないスか?」 「あぁ?」 「素直に吐かせるには、最高の尻アナに訊いてみるのが一番っすよ」 「──」  ほどなくして、身も心もスッキリした佐藤弟が軽やかな足取りで帰還した。  隣のブースの女の子たちに愛想を振りまいてから席に戻り、新しいジョッキを手にした弟は、ふと鈴木を見て言った。 「あれ、兄貴は?」

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