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第14話 山田オッサン編【13】

 酔いと眠気が抜け切らない身体は熱く、フニャフニャで抵抗もさほどなかった。 「や、あっ、さと……ぉ」  まったく無意味にストップをかける声も、どこなく舌足らずで甘ったるい。 「白状する気になったかよ?」  咥え煙草のまま山田の奥まで突っ込んで、佐藤は煙に目を眇めた。 「は? なにを……てか灰落とすなよ! てかまたオレのタバコっ、んん!」  下の口を抉ってやると、上の口が文句を垂れ流すのをやめた。  素直に吐かないなら黙ってろ──  鈴木に唆されるまま確かめにきた尻アナは相変わらずの絶品だったが、求める答えはなかなか得られなかった。  もしかしたら不在かもしれない。あらかじめ、そのケースも頭に入れて訪れた。  例のオンナや子供と一緒かもしれないし、ほかの誰かと会ってるかもしれない。  しかし玄関を開けた途端、その可能性は消えた。廊下の先にある居室のドアからはテレビらしき物音が漏れていた。  開けると、電気を消した暗い部屋にテレビの灯りが煌々と踊っていて、床には数本のビール缶と山田が倒れていた。  漂うアルコール臭。煙草の匂い。  何故か山田はパンイチにTシャツを着ただけの姿だった。 「──」  とりあえず落ちていたパッケージから煙草を抜いて咥え、火を点けて煙を吐いて山田のパンツを抜き取る。  指で『最高の』尻アナを確認したが、使った形跡は感じられなかった。そのまま強引に指先をねじ込むと、山田がビクリと跳ねて声を漏らした。 「ッ、ん?」  が、起きない。  佐藤は一旦指を抜き、山田をベッドに転がした。抱え上げた身体は、やっぱり痩せた気がした。  Tシャツを剝ぎ取って腹に触れ、滑らせた手のひらを追うように唇で感触を確かめていく。ビールばっかり飲んでやがるのに、腹が出る兆しもない。若い頃と変わらない肌の匂い。どこにどう触ればどんな反応を返すのか、何もかも知り尽くした山田の身体。  佐藤が知らないことなんかない。そう、ハードなら。  いまだに知ることができないのはソフトだ。  山田という人間は、一体どんなアルゴリズムで構成されているのか? 「いい加減、明かしてもいいんじゃねぇのか?」  ──で、ソイツを解明しようと励んでいるものの、まだ成果はない。  成果はなくとも山田をたっぷり堪能できていれば、それで満足しそうになってしまう。  が、今夜は。  突っ込まれて目を覚ました山田に、佐藤はまず訊いた。なんでパンイチだったんだ? お前。  山田は迷惑そうなツラを隠しもせず、オレの勝手じゃねぇか、てかお前は勝手に入ってきてナニやってんだよ!? と目を三角にした。  それから次に訊いた。お前が最近会ってるオンナと子供は何だ? と。  すると山田はケツに突っ込まれてることも忘れたようにしばし固まったあと、ぽかんと開けた口から気の抜けた声を返して寄越した。 「はぁ? なんのハナシ?」  一瞬、コイツは本気で言っていて、自分たちが何か思い違いをしてるんじゃないのか……そんな気になりかけた。  でもそんなワケない。 「本田が見たんだってよ、お前が女と子供と3人で仲睦まじく買い物してるとこを」 「本田ぁ? お前、ンなの真に受けてこんな夜中に襲いに来たのかよ?」 「定期入れの写真は何だ?」 「はぁ? 定期入れ?」  山田は数秒、眉間を顰めて宙を見つめた。 「定期入れって何」 「オンナと子供の写真が入ってたんだとよ」 「あぁ? ソレはダレ情報だよ」 「鈴木」 「なんで鈴木が」 「と、オレ」 「は?」 「いま、お前が寝てる間に見せてもらったよ。鈴木が見たときは乳児だったらしいが、いま入ってんのは幼児だな」 「──」  どうせチンタラ躱されると思ってたから、山田に突っ込む前に確認した。  定期入れのカードポケットには、公園らしき場所で撮られた幼児の写真が忍んでいたが、残念ながら女は繋いだ手しか写ってなかった。  でもそれで十分だ。  ひと目見た瞬間、山田に似てると思った。  どこがどうというわけじゃない。が、何か同じ空気を持ってる。そう感じた途端、額の辺りが熱くなった。  いま、こうして濡れた目で喘ぐエロいツラを眺めていても、そこに幼い子供の面影がチラついて神経をイラ立たせる。 「ン、んん! 佐藤っ、さと……待、ぁっ」  責めては焦らし、焦らしては責め、アメとムチを繰り返されてカラダも気持ちもグズグズに蕩けた山田が、啜り泣くように懇願する。  本当は待てじゃなく、もっとと言いてぇくせに。  佐藤は床の灰皿に煙草を捨て、何ひとつ真実を吐かない唇に喰らいついた。  かつてはキスするたびに真っ赤になって抵抗した山田だったが、10年も続けていればさすがにムキになって突っぱねたりはしなくなる。  それでも積極的に応じるには程遠く、解放された途端恥ずかしげに目を伏せるさまは、初めて男と寝る処女かとツッコみたくなるほど危うくて、毎度佐藤をゾクゾクさせた。 「俺がいま、何考えてるかわかるか?」 「は? 知ら……ねっ」 「お前の手足を切り落としたら、もう誰も俺から奪わねぇだろうってな──なぁ山田」  その瞬間、山田のツラに浮かんだのは怯えじゃない。  たとえて言うなら唇を交わすときの、羞じらうように受け入れるあの感じ。  佐藤が時折獰猛さを覗かせるたび、山田は物欲しげな目でひときわカラダをザワつかせる。吐きだす悪態とは裏腹に。  いまもそうだ。 「おっ前……なに、アブねーコトっ」  上の口ではそう言いながら、歓びに震えて佐藤に絡みついてくる下の口。  もっと奥まで。もっと深く。  山田の両腕がもどかしく佐藤の腰を抱き、繋がった箇所をねだるように押しつけ、擦り寄せてくる。 「言えよ、山田」 「なにを……」 「欲しいんだろうが? 交換しようぜ」 「な、あっ、さと……!」 「答えを寄越せよ、そしたらくれてやる」  中に、オレをな──首筋に噛みついて囁くと、それだけでイキそうな声で山田が鳴いた。  が、まだだ。答えるまでは許さない。  やがて熟れきって限界を訴える下の口に、上の口がシンクロしはじめた。 「佐藤っ、はやく……も、ダメっ」  こうなればもう陥落は目の前だ。  降参を促すため、思いつく限りの手段で山田の中を、理性を、掻き回して引き裂く。  こんなヤツはバラバラになって壊れればいい── 「わかったから! 言うから……佐藤ぉ……!」  狂わんばかりに哀願して佐藤の首を抱え、山田が耳元に唇を押しつける。  途切れ途切れの山田の言葉は点けっぱなしのテレビの音に紛れ、佐藤の耳を掠めて、絶頂の悲鳴に溶けた。

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