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第15話 山田オッサン編【14-1】

「妹だぁ!?」 「マジで?」 「しっかし全っ然、似てねぇなぁ?」  最初が佐藤弟、次が鈴木で、最後が佐藤兄。  ちょっと集まらねぇか、と佐藤が集合をかけた週末の昼下がり。  カノジョと別れて間もないヒマ人、佐藤弟と鈴木は急な招集でも速やかに揃った。  珍しく嫁の実家に同伴していたらしい田中は遅れて来る予定。佐藤からの連絡を受け、これ幸いとこちらに合流するようだ。  会場は佐藤のマンションのダイニング。  床で思い思いに座る部屋の主とその弟、鈴木、それから観念したようにブーたれたツラの山田たち野郎共。  ソファに鎮座する、シュッとしたすっごい美女ひとり。  鈴木は写真で、田中はベビーザらスで彼女を目にしていたが、こうして本物を間近に見ると何か格別な迫力があると彼らは感じた。  どこか冷たい感じのする整った顔立ち、背筋を伸ばして座る毅然とした様子は、これが山田の妹だとか言われても俄かにナルホドとは頷きがたい。  その向かい側では兄を自称する男が前のめりに胡座をかき、火の点いていない煙草を唇でブラブラさせながら鼻に指を突っ込んでいた。 「なんか朝から鼻のアナが痒ィんだよな今日」  ほかの3人は疑った。マジで兄妹か?  ちなみに自称山田妹が連れてきた幼児は、何故かさっきから鈴木の膝の上にいる。  写真では山田に似てるように見えたが目の前にするとそれほどでもなく、母譲りか、その年頃のクソガキとは思えないほどの落ち着きっぷりで持参したブロックを組み立てては壊していた。 「てかなぁ、呼べ呼べ言って来させといて似てねぇだの何だの文句垂れんじゃねぇよ」 「別に文句は垂れてねぇ」 「それよりお前ら! 大事な覚悟はできてんだろーな? 今日は禁煙なんだぜ!」  山田がビシッと目の前の連中に指を突きつけると、ソファの美女が淡々と提案した。 「ベランダ借りて吸ったら?」 「──」  ツルのひと声でベランダ喫煙が解禁となった途端、山田は煙草と灰皿を手に出ていった。 「吸いたくてたまんなかったんスね、山田さん」 「つーか置いてくか、妹ひとり?」 「お気遣いは無用です」  掃き溜めに取り残されたツルは、しかし動じることもなく兄の愉快な仲間たちを目で一巡した。 「改めまして、クマノミドウシオウです」  難解な呪文が飛び出して、一同はちょっと沈黙した。  佐藤弟が口を開いた。 「それ名前?」 「はい」 「もっかい言って?」 「クマノミドウ、シオウです」 「クマノミドウって苗字?」 「はい。動物の熊に、ミは林の下に土って漢字で、御者の御に、お堂の堂と書きます」 「はぁ……で、下の名前の、えーと」 「シオウ」 「シオウは?」 「紫に櫻です。画数が多いほうのサクラ」 「それたぶん俺書けねぇ」 「マジかよお前。てかすげぇな、その名前。何画あんの?」 「81画です」 「数えてるし」 「テストのとき地味に不利だな」 「そもそも、苗字だけでも山田さんのフルネームの倍はありますよね」  膝の幼児をあやしながら鈴木が訊いた。 「で、この子はなんて名前?」 「次郎です」  妹の返事に、兄の仲間たちはまたちょっと沈黙した。 「山田のスマホの名前じゃねぇか?」 「クマノミドウジロウ?」 「親子で音が似てるな」 「お子さんはひとり?」 「えぇ」 「なんでまた次男みたいな名前……」  言いかけた鈴木が半端に口を閉じた意味を察したのか、山田妹が素早く言った。 「別にひとり目を亡くしたとかじゃありません。次郎は兄の命名です」 「山田の?」  佐藤が訊いた。 「はい」 「アイツ、自分の弟のつもりでいるんじゃねぇのか」 「後悔してないの? その選択」  これは鈴木。 「名前なんて記号のひとつですから」  81画の記号を持つ女は言い捨てた。  それから山田妹は29歳、次郎は2歳であることが判明したあたりでベランダの山田兄が帰還。 「次郎お前、すっかり鈴木が気に入ってんじゃねぇか」 「スズキ」  次郎が鈴木を見上げ、鈴木が笑顔を見せる。 「そうスズキだよ」 「おい次郎、俺と鈴木とどっちが好きなんだよ?」 「スズキ」 「なにを!?」  ショックを隠しもせずに声を荒げたいい大人は、鬼気迫る目で幼児の両肩を掴んだ。 「ソイツはダメだ、腹黒すぎる!」 「何がダメなんだ?」 「やめてください山田さん、次郎が怯えるじゃないスか」 「何様だ鈴木お前っ」  そこへ田中が到着した。  嫁の実家で疲弊したのか少し表情の硬い田中は、山田妹と挨拶を交わすとますます浮かないツラで確かめるように山田を見た。 「兄妹なんだよな?」 「お前も似てねぇって言うつもりかよ?」  本日の室内は酒も煙草も禁止。  よってコーラのボトルをプシュッと開けながら山田が答えた。  その手元から鈴木の膝の幼児、それから山田妹へと、田中は迷いのある目を順に移した。 「あのさ、つかぬことを訊くんだけど」 「何だよ」 「熊埜御堂兼嗣って──」  その先を言うより早く、山田兄妹の表情が空白になった。 「えっと、つまり……」  当事者以外の中でもっとも平素と変わらない、腹黒い=計算高い=客観性の高い鈴木が、さらに平常心の熊埜御堂次郎をあやしながら一同を見回した。 「山田さんと紫櫻さんは腹近いの兄妹で、2人のお父さんは現在の政務担当首相秘書官の熊埜御堂氏で、ついでにもう1人、上にお兄さんがいると」  確認するように言葉を切ると、山田妹が無表情で頷き、山田兄は白けたツラで明後日の方向を向き、ある意味鈴木よりも平素と変わらない=よくわかってない佐藤弟が欠伸を漏らした。 「つーかオマエらさぁ、そんな大騒ぎするけどよー、ウチは2号だぜ? わかんねぇじゃん、ソイツがホントに俺の親父なのかどーかなんて」 「お兄ちゃん」  妹が心底気の毒そうな目を向けた。 「DNA鑑定したんだから確かでしょ」 「DNA鑑定までやったのかよ」 「俺が物ゴコロもつかねぇ、いたいけなハシタ金の頃にな」 「年端も行かないの間違いじゃねぇのか」 「もう高校生になってたよね、お兄ちゃん」 「高校?」  田中が山田を見た。  その目を受けとめかけた山田の目が寸前ですうっと逸れていき、そのニアミスを佐藤兄が視界の端で一瞥し、佐藤弟が山田兄妹を順に見た。  その弟と目が合った妹が己の兄を見たが、兄貴のかったるい視線は手元のコーラに落ちていた。

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