21 / 52
第21話 山田オッサン編【19-1】
くだらないバラエティ番組を眺めながら缶ビールを傾けていたら電話が鳴りだした。
移動がめんどくさいから身体を倒して手を伸ばす。ギリギリ指先に触れたスマホを引き寄せると、画面の表示は最近連絡がなかった男だった。
「はいよー」
「いま何してるんですか?」
「テレビ観てる」
「自宅で?」
「いや、ラーメン屋のテレビ」
「自宅ですよね?」
「だったら何だよ」
「ひとり?」
「ひとりですが何か?」
「行ってもいいですか?」
山田は煙草のパッケージを引き寄せ、1本抜いて咥えた。
「いいけどよ」
「じゃあ行きます」
電話が切れ、15秒後にドアホンが鳴った。
前のボロアパートとの大きな違いだ。1Kのクセして、いっちょまえにモニタ付きのドアホンなんか付いてやがる。
が、相手はわかってるからいちいちモニタなんか見ない。
山田は煙草を咥えたままタラタラ歩いて玄関を開けた。
手にコンビニ袋を提げた小島が立っていた。
「お前な、来る前に連絡しろって言っただろーが」
「したじゃないですか」
「既にすぐそこにいたら意味ねぇだろ」
部屋に引き返しながら山田が言い、小島が後ろに続く。
「ここまで来たのに引き返すことになったら忍びない、っていう優しさですよね?」
「優しさが欲しけりゃ他を当たれ」
「優しさはいらないから山田さんが欲しいって言ったら?」
「それも他を当たれ」
「他のどこで山田さんが手に入るんですか?」
「いちいちうるせぇんだよ」
部屋に入り、咥えたままだった煙草に火を点けた。
小島が床の缶ビールとテレビを眺め、言った。
「金曜の夜だっていうのに、ひとりでビール飲んでバラエティ番組ですか」
「余計なお世話だ、俺がどんな花金を満喫しようが勝手じゃねぇか」
「佐藤さんは一緒じゃないんですね」
「佐藤が何、アイツ今日デートだし」
あ、お土産ですこれ。と差し出されたコンビニ袋を受け取って中を覗くと、エビスが4本入っていた。
「デートって誰と?」
「知るワケねぇだろ俺が。てかビールならあるっつーの、浴びるくらい」
「むしろビールしかないくらいでしょう? 補充用ですよ」
「お前みてぇな人種がコンビニなんか行くな、コンビニは庶民の特権だぜ?」
「庶民ねぇ」
小島は呟き、1本開けてもいいですか? と庶民のコンビニ袋を指差した。
いいも何も、お前が持ってきたんだろ。じゃあ遠慮なく。やりとりの最後にプルトップを押し込む軽快な音が響く。
「お前みてぇな人種も缶ビールなんか飲むんだな」
「今までそういう場面に遭遇したことありますよね?」
「そーだっけ、記憶にねぇな」
少し沈黙があった。
バカバカしいほど盛り上がってるテレビの音が、やけに大きく聞こえる。
小島は珍しく、山田と同じく床に座って胡座を掻いていた。
「山田さんのご実家の話、聞きました」
「田中だろ、どーせ」
テレビに目を向けたまま山田は応じた。
「アイツがあの長ったらしい名前を持って来たとき、お前が出どころだって聞いたし」
「えぇ、すみません」
「ナニ謝ってんの?」
「言わなきゃ良かったのかもしれないって、ずっと思ってて」
「済んだコトをあーだこーだ考えたってしょうがねぇだろーが? 人生にタラレバはねぇんだよ」
言って煙を吐き、ビールをひとくち呷ってテレビから小島に視線をシフトする。
同じタイミングで、床に落ちていた小島の目がこちらを向いた。
が、何だか面倒だから、ぶつかった目はすぐに逸らしておいた。
「お前、それで最近連絡寄越さなかったんだろ」
「寂しかったですか?」
「ンなワケねぇ。どーせそんなこったろーと思ってただけだ」
手元の缶がカラになったので、山田もエビスを引き寄せて開ける。
「まぁアイツらは知ったからって何が変わるワケじゃねぇし。庶民だからな俺ら。俺の家庭の事情がどこに絡んでようがカンケーねぇんだよ結局」
馴染みのない味が舌を舐めた。
エビスなんて普段自分では買わない。庶民だから俺ら。
「でも、お前は無関係じゃいらんねぇんだろ」
小島が苦笑して額に手のひらを当て、天井を仰いで溜息を吐いた。
「そうですよ、まったく……反則ですよこんなの。お父さんが政務担当首相秘書官で、お兄さんが経産省のエリート? 何の冗談ですか」
「さぁな? 俺は幸い、あんな恥ずかしい苗字じゃねぇから知ったこっちゃねーし。てかお前にはどういう関係があんだよ?」
「うちの会社がそれなりの大手なのは知ってますよね」
「だからあんなにイヤなヤツだったんだろ」
「経団連の」
「ストップ、めんどくせぇ話ならするな」
「まだ何ひとつ説明できてませんけど」
「めんどくさそうなことがわかったから十分だっつの、ハラいっぱい。てかお前、ビールだけ買ってきて食いモンはねぇのかよ」
モデルみたいな男前が、ちょっと放心したようなツラになった。
「すみません、気が利かなくて。もしかしておなかすいてます?」
「別にいい。長居しに来たワケじゃねえんだろ」
ともだちにシェアしよう!