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第21話 山田オッサン編【19-1】

 くだらないバラエティ番組を眺めながら缶ビールを傾けていたら電話が鳴りだした。  移動がめんどくさいから身体を倒して手を伸ばす。ギリギリ指先に触れたスマホを引き寄せると、画面の表示は最近連絡がなかった男だった。 「はいよー」 「いま何してるんですか?」 「テレビ観てる」 「自宅で?」 「いや、ラーメン屋のテレビ」 「自宅ですよね?」 「だったら何だよ」 「ひとり?」 「ひとりですが何か?」 「行ってもいいですか?」  山田は煙草のパッケージを引き寄せ、1本抜いて咥えた。 「いいけどよ」 「じゃあ行きます」  電話が切れ、15秒後にドアホンが鳴った。  前のボロアパートとの大きな違いだ。1Kのクセして、いっちょまえにモニタ付きのドアホンなんか付いてやがる。  が、相手はわかってるからいちいちモニタなんか見ない。  山田は煙草を咥えたままタラタラ歩いて玄関を開けた。  手にコンビニ袋を提げた小島が立っていた。 「お前な、来る前に連絡しろって言っただろーが」 「したじゃないですか」 「既にすぐそこにいたら意味ねぇだろ」  部屋に引き返しながら山田が言い、小島が後ろに続く。 「ここまで来たのに引き返すことになったら忍びない、っていう優しさですよね?」 「優しさが欲しけりゃ他を当たれ」 「優しさはいらないから山田さんが欲しいって言ったら?」 「それも他を当たれ」 「他のどこで山田さんが手に入るんですか?」 「いちいちうるせぇんだよ」  部屋に入り、咥えたままだった煙草に火を点けた。  小島が床の缶ビールとテレビを眺め、言った。 「金曜の夜だっていうのに、ひとりでビール飲んでバラエティ番組ですか」 「余計なお世話だ、俺がどんな花金を満喫しようが勝手じゃねぇか」 「佐藤さんは一緒じゃないんですね」 「佐藤が何、アイツ今日デートだし」  あ、お土産ですこれ。と差し出されたコンビニ袋を受け取って中を覗くと、エビスが4本入っていた。 「デートって誰と?」 「知るワケねぇだろ俺が。てかビールならあるっつーの、浴びるくらい」 「むしろビールしかないくらいでしょう? 補充用ですよ」 「お前みてぇな人種がコンビニなんか行くな、コンビニは庶民の特権だぜ?」 「庶民ねぇ」  小島は呟き、1本開けてもいいですか? と庶民のコンビニ袋を指差した。  いいも何も、お前が持ってきたんだろ。じゃあ遠慮なく。やりとりの最後にプルトップを押し込む軽快な音が響く。 「お前みてぇな人種も缶ビールなんか飲むんだな」 「今までそういう場面に遭遇したことありますよね?」 「そーだっけ、記憶にねぇな」  少し沈黙があった。  バカバカしいほど盛り上がってるテレビの音が、やけに大きく聞こえる。  小島は珍しく、山田と同じく床に座って胡座を掻いていた。 「山田さんのご実家の話、聞きました」 「田中だろ、どーせ」  テレビに目を向けたまま山田は応じた。 「アイツがあの長ったらしい名前を持って来たとき、お前が出どころだって聞いたし」 「えぇ、すみません」 「ナニ謝ってんの?」 「言わなきゃ良かったのかもしれないって、ずっと思ってて」 「済んだコトをあーだこーだ考えたってしょうがねぇだろーが? 人生にタラレバはねぇんだよ」  言って煙を吐き、ビールをひとくち呷ってテレビから小島に視線をシフトする。  同じタイミングで、床に落ちていた小島の目がこちらを向いた。  が、何だか面倒だから、ぶつかった目はすぐに逸らしておいた。 「お前、それで最近連絡寄越さなかったんだろ」 「寂しかったですか?」 「ンなワケねぇ。どーせそんなこったろーと思ってただけだ」  手元の缶がカラになったので、山田もエビスを引き寄せて開ける。 「まぁアイツらは知ったからって何が変わるワケじゃねぇし。庶民だからな俺ら。俺の家庭の事情がどこに絡んでようがカンケーねぇんだよ結局」  馴染みのない味が舌を舐めた。  エビスなんて普段自分では買わない。庶民だから俺ら。 「でも、お前は無関係じゃいらんねぇんだろ」  小島が苦笑して額に手のひらを当て、天井を仰いで溜息を吐いた。 「そうですよ、まったく……反則ですよこんなの。お父さんが政務担当首相秘書官で、お兄さんが経産省のエリート? 何の冗談ですか」 「さぁな? 俺は幸い、あんな恥ずかしい苗字じゃねぇから知ったこっちゃねーし。てかお前にはどういう関係があんだよ?」 「うちの会社がそれなりの大手なのは知ってますよね」 「だからあんなにイヤなヤツだったんだろ」 「経団連の」 「ストップ、めんどくせぇ話ならするな」 「まだ何ひとつ説明できてませんけど」 「めんどくさそうなことがわかったから十分だっつの、ハラいっぱい。てかお前、ビールだけ買ってきて食いモンはねぇのかよ」  モデルみたいな男前が、ちょっと放心したようなツラになった。 「すみません、気が利かなくて。もしかしておなかすいてます?」 「別にいい。長居しに来たワケじゃねえんだろ」

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