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第22話 山田オッサン編【19-2】

 煙を吐いて灰皿で煙草を消し、やたらポップなテレビのCMに目を遣ってから小島を見た。 「俺の背景がめんどくせぇし、仕事に不都合があるから、もう会わねぇ的なことを言いに来たんだろーが?」  床の缶ビールに目を据えた男は、数秒黙ってから答えた。 「そうです」 「あのな、最後だからまとめて言っとくけど、お前はいいシャチョーになると思うぜ? でもワガママで自己中なトコは治したほうがいいんじゃねぇか。あと、どうにかしてヨメさんとうまくやれよ。政略結婚なんだからさぁ、そこが機能しねぇと働きアリの大所帯が路頭に迷う結果になるかもしんねぇだろ」 「山田さん」  伸びてきた手が腕を掴んだ。  何だよ? と訊く間もなく強引に引っぱられてバランスを崩し、気づいたときには小島越しに天井の灯りを見ていた。 「山田さん」  繰り返した男の表情は、逆光でよくわからない。 「まだ無理だ」 「はぁ?」 「無理です、まだ」  何がだよ? と訊く間もなく唇を塞がれた。  フローリングの硬い質感を背中に感じながら山田は思った。コイツが床の上でサカるのは初めてかもしんねぇ。  毎度決まって、だだっ広いベッドだのフカフカのソファだので、例外はオレんとこのマットがヘタレた安物ベッドぐらいで── 「何を考えてるんですか?」  首筋に顔を埋めた男が囁いた。 「佐藤さんのこと?」 「だからナンで佐藤が出てくんだよ、いちいち」  煙草に火を点けようとしたときドアホンが鳴った。  そのとき山田はベッドでゴロゴロしていて、何やらいろいろ思い悩んだ末に訪れておきながらアッサリ諸々を手放した男はシャワー中だった。  ベタベタくっついて余韻を楽しむという迷惑行為に及んでいた小島は、ついさっき仕事の呼び出しがかかって帰らなきゃいけなくなった。 「こんな時間にかよ?」  着電は22時すぎ。 「いてほしいですか?」 「お偉いさんは大変だぜって思っただけだ、さっさと帰れ」  そんなわけで今に至る。  来客は大方、下に住む妹だろう。引っ越してきてからというもの、おかずを作りすぎたの何だのとしょっちゅう上がってくる。  仕事から帰ったときに出くわしたからいるのは知れてるし、アイツは鍵を持ってるし、U字ロックも掛けてないから放っといたら勝手に入ってきてしまう。  兄貴がマッパでゴロゴロしてて、しかもバスルームから野郎が出てきたなんてことになったら妹に何を言われるかわかったモンじゃない。山田は仕方なく起き上がった。  ヘッドボードに引っかけてあるTシャツを被り、裏返しのパンツを戻す手間は切り捨て、生チンにユニクロのステテコを穿いて玄関に向かい玄関を開けた。  佐藤がいた。  山田は素早く閉めて鍵をかけた。  今度はU字ロックも。 「オイ」  ドア越しに聞こえた声は気のせいとかじゃない。  ──ナンでアイツがいるんだ?  ──花金デートはどーしたんだよ!?  妹だと信じて疑わなかったから、やっぱりモニタを見なかったことを山田は悔いた。  まぁもともと滅多に見ないし、見たところでどうしようもないワケだけど。  灯りが点いてるのは外からでもわかるし、ヤツも鍵を持ってるから放っといたら勝手に入ってくるに決まってる。  ともかく下手に騒がれて1階に聞こえても困るし、どうにかしなければ。 「ちょ……ちょっと待て佐藤。な」  ドアの向こうに声をかけておいて、バスルームまで引き返す。  扉を開けると、湯気の立ちこめる紗のかかった空間で元後輩が頭を拭いていた。全くどうでもいいけど、水が滴ると無駄にイケメンっぷりが上がってイラっとさせるヤツだ。 「絶対に出てくるな」  山田は小声で命じた。 「お客さんですか?」 「そうだ」 「なる早で服を着ます」 「服を着てもダメだ、ここから外に出てくんな」  山田の形相を見て小島はちょっと考え、言った。 「ここって、バスルームのことですか?」 「そうだ」 「ふやけますよ」 「ちゃんと元に戻るから心配ねぇ」 「俺、行かなきゃいけないんですけどね」 「オレと仕事どっちが大事なんだよっ」  返事は待たずに扉を閉める。  玄関に戻った山田はひとつ息を吐き、鍵を開けると同時にドアを開けて外に滑り出るという妙技をこなしてみせた。 「何やってんだお前?」 「ソレはオレのセリフだっつの、お前はデートじゃなかったのかよ佐藤」 「それがどうした」 「どうしたじゃねぇだろ、なんでここにいんだよ」 「なんでか教えてやるから中に入れろ」 「いや、今はちょっと」  ドアにピッタリ背中をつける山田の二の腕を、男の手が掴んだ。こめかみの辺りに声が触れる。 「お前の中じゃねぇ、部屋でいいから入れろって言ってんだよ」 「下ネタをやりてぇならデートやり直してこい」 「やり直せるわけねぇだろうが、これからホテルだってときに呼び出し喰らって置いてきたんだからよ。二度と会わねぇって言われたよ。ヒトのデートの邪魔しやがって」 「邪魔してねぇし、なんで任務を全うしてこねーんだよ!?」  てかっ、 「呼び出しって誰から!」  まさか、いま風呂場に閉じ込めてるヤツか?  しおらしくやってきたのは演技で、じつはこういう悪だくみを忍ばせてたとか?  が、今さらそんな暴挙に出る理由は見当がつかない。でも、じゃあ誰が? 「知りたきゃそこを開けろっつってんだろうが」 「や、でも知らなくてもいい、何も詮索せずに大人しく帰ってくれりゃこの際文句は言わねぇ」 「詮索されたら困ることでもあんのか」 「別にねぇけど」 「コレも困んねぇんだな?」  言うが早いかステテコの股間を握られて山田は飛び上がった。

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