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第23話 山田オッサン編【19-3】#
「何だよ!」
「なんでパンツ穿いてねぇんだ」
「穿いてるし!」
言った途端にTシャツの裾から潜った手でウエストのゴムを引っぱられて中を覗かれた。
「ナニ見てんだよっ」
「何を穿いてるって?」
「正直者にしか見えないパンツだし!」
「お前には一生見えねぇな」
「てかこんなとこで何すんだよ、いい加減離れろっつのっ」
この玄関ポーチは大家の野島家から丸見えだ。もし誰かが外を見ていたら野郎同士の壁ドンを目撃されてしまう。
佐藤が目を眇めた。
「どうしても入れたくねぇんだな?」
「今日のところは帰ってくださいませんかね」
一拍置いて、わかった、と意外なほどアッサリ言って佐藤は離れた。が。
油断大敵。ホッとして力が抜けた途端、山田の身体はドアから引き剥がされていた。
「ッ、ちょ」
待て、と言う間もなかった。
佐藤の手がドアノブに伸びる寸前、しかしそれは内側から開いた。
「──」
「──」
「山田さん、俺行きますね」
出てきた男が柔らかな笑みを浮かべて言った。アパートのポーチ灯の空々しい明かりの下でも、髪が湿ってるのが見て取れる。
いかにもシャワー浴びたてです的なサッパリ感満載の小島が佐藤を見た。
「お久しぶりです、佐藤さん」
「あぁ、まだ生きてやがったのか」
「えぇ、おかげさまで」
さらりと応じた笑顔が山田に戻る。
「山田さん、今日はいろいろすっきりしました。ありがとうございます」
「わかったから早く帰れ、下僕どもが待ち侘びてるぜ」
「山田さんに引きとめられて遅くなりましたけどね。俺も行きたくはないけど仕方ありません」
「わかったわかった」
もはやテキトーにあしらっとくしかない。
「また連絡します」
男は言い、山田の頬に触れたかと思うと、そうするのが当然とでもいう素振りで唇を重ねてから立ち去った。
夜更けの玄関先に2人の元先輩と、殺気を孕んだ沈黙を残して。
月曜の朝。
出勤前の時刻にチンタラ歩いていると、アパートの近くで大家の野島と出くわした。
「あ、お、おはようございます」
山田を見た途端ハッと足を止めた野島は、挙動不審な狼狽えようで挨拶をよこした。
「どーも、おはようございます。早朝散歩っすか?」
「いえあの、タマゴを買いに行かされるとこなんです」
「さすがにタマゴはねぇなぁ、ウチ」
さすがにというような珍しいものではない。
何故か最近いつもオドオドして見える大家と別れてアパートに辿り着くと、1階のベランダで妹が鉢植えの水遣り中だった。
「お兄ちゃん、土日の間ずっと留守だったでしょ」
「おー、ちょっとな」
「女の子?」
「佐藤んち」
「ふーん? こんな、月曜の朝まで?」
「まぁな、映画三昧でよー」
ホントは映画なんか1本も観てない。
金曜の夜、佐藤は結局部屋に入らなかった。
代わりに佐藤の部屋に連行された。
ちゃんとパンツを穿いて。ステテコもジャージに穿き替え、スマホの次郎を尻ポケットに突っ込み、コンビニに行くぐらいのつもりで徒歩10分のマンションについて行った山田は、そのまま週末の間中監禁された。
と言ってももちろん、繋がれてたわけじゃないから帰ることはできた。
でも他に予定もなかったし、同居してた頃のように何をするでもなく同じ空間でダラダラ過ごすのも悪くはなかった。
ただし服を着てない時間が長くて、山田を抱くたびに意地悪をした佐藤は、アパートの部屋に入ってないからという屁理屈で小島の来訪をリークした犯人も教えなかった。
しかも昨夜、さて明日からまた仕事かぁメンドクセェなぁじゃあ帰るぜ、と言ったら押し倒されて帰れなくなって最後はそのまま寝てしまい、気がついたら明け方だ。
さらに言えば目覚めは佐藤の腕の中で、抜け出そうとしたら引き戻されて、寝ボケてる男に一発突っ込まれた。
が──
山田はそのときの佐藤の声を思い出し、ちょっとボンヤリした。
そのひとことのせいで抵抗できなくなっただけじゃなく、悔しいほど感じて乱れてしまった、あれは一体何だったんだろう?
早朝の仄暗い蒼さの中で聞いた寝言みたいな低い囁き。山田……
「お兄ちゃん?」
ハッとした。
妹がベランダから心配げな顔を寄越していて、その足もとにはいつのまにか次郎が寄り添って山田をじっと見上げていた。
「時間大丈夫なの? 仕事だよね?」
「あ、やべ」
「なんか顔赤いけど、風邪とかじゃないよね」
「は? いや全然大丈夫。よォ次郎、またな」
伯父の様子を仔細に眺めていた甥っ子は、純粋で静謐、かつ何かを了解したような目で頷いた。
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