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第25話 山田オッサン編【21】
ちょうど昼休みに突入した時刻。出先から戻った本田はエレベータホールで係長軍団と出くわした。
「よぉ本田、山田知らねぇ?」
訊いたのは隣の課の佐藤係長。
この佐藤をはじめ、一緒にいる田中も鈴木も、先輩・山田にあらぬ行為を強いたんじゃないかと一時は真剣に疑ったものだ。
だって喫煙ルームでそういう会話を聴いちゃったし。
普通ならそんなモノ真に受けるバカはいないが、本田は見かけどおりの王子様で疑うことをあんまり知らなかった。
しかし後日、アレは単なる比喩であって鈴木が悪ふざけでオマエを揶揄っただけであって誤解だから、と山田に諭された。すごくめんどくさそうに。
実際「アイツらをいちいち信じるな、メンドクセェから」と言われた。
で、本田は山田を信じてるから、彼らを信じないことにした。
「山田さんなら、打ち合わせ先で引き止められて向こうに残ってますよ」
「打ち合わせって、そういや今朝、呼ばれて出てったアレ?」
鈴木係長が言った。午前中、山田が公的機関担当チームに呼ばれるところを目撃したらしい。
田中係長が訊いた。
「なんでお前らが?」
「そうなんですよね。ていうか本当は山田さんだけ呼ばれたんですけど、山田さんが僕も一緒じゃないと行かないって言ったら、じゃあ2人まとめて来いって言われて」
「グリコのオマケか、お前は」
「だって僕と一緒がいいって山田さんが言うんですもん」
本田は真実を繰り返しただけなのに、佐藤係長は目を眇め、田中係長は小さく首を振り、鈴木係長はニヤニヤ笑った。
ほんと感じ悪い。
「で結局、1人で返されたわけか」
「1人じゃないですよ、山田さん以外はみんな一緒に帰りましたよ」
「ちょっと待った、山田さんだけ残ったの?」
鈴木係長が言った。
「そうですけど」
「そもそも担当外の案件のはずが、なんでアイツが一番長居すんだよ?」
田中係長が言った。
「僕にはわかりません」
「まさか、その場にいて流れが見えてなかったわけじゃねぇよな? 本田」
佐藤係長の言い方にムッとした。
「打ち合わせならちゃんと聞いてましたよ。少なくとも僕は、山田さんよりは」
山田は打ち合わせの間ずっと、興味なさげな目でボケっとしたり大欠伸したり窓の外を見上げたり、しまいには居眠りしていた。
もちろん相手の担当者も気にはなってるようだったが、あえて気づかないフリをしてるように見えた。
ちなみに打ち合わせの内容は、山田と自分の仕事には何ら無関係に思えた。
「で、山田を居残りにしたのは誰なんだ?」
「打ち合わせにはいなかった、もっと上の人みたいです。帰りぎわに向こうの担当が山田さんにコソコソっと話してたのが、ちょっと聞こえたんですけど」
「なんて?」
「えっと、肩書きまでは聞こえなかったんですけど、ナントカさんが話があるらしいからって」
「つまり肩書きも名前も聞こえてねぇんだな」
「名前は聞こえたんですよ、なんかすごい長い名前」
さすがの王子様も、そろそろ不機嫌になってきた。が、係長軍団は後輩の仏頂面を気にするどころか、しばし沈黙して目を交わし合った。
僕お昼食べに行ってきてもいいですか? そう切り出そうとした刹那、本田、と佐藤係長が口を開いた。
「お前ら、どこに行ってきたって?」
「経産省です」
言った途端、係長たちはまた沈黙して目を交わし合った。
僕お昼食べに行ってきてもいいですか? 今度こそ切り出そうとした刹那、本田、と田中係長が口を開いた。
「長い名前って、もしかして熊埜御堂じゃねぇか?」
クマノミドウ、そうだ。それ。クマノミでディズニー映画を連想してたら、肩書きまで頭に入らなかったんだ。
「そうそう、それです」
係長たちはもう目を見交わさず、すぐに鈴木係長が口を開いた。
「その熊埜御堂氏の姿は見なかったの?」
「それっぽい人なら見ましたよ」
「見たのか?」
反応したのは佐藤係長。
「えぇ会議室とかじゃなく外でランチミーティングでもやるみたいで、入口までは一緒に戻ったんですよ山田さんも。で、そこで待ってた人がそうだと思うんですよね。でもすぐに別れたし絶対そうだとは言えないんですけど。あの僕、お昼食べに行ってきてもいいですか?」
ようやく言えた。
3人の係長は本田を見て頷いた。田中係長の手が肩に触れ、促すように押し遣られた。
「よし、行くか」
「え?」
行くか?
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