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第31話 山田オッサン編【23-3】#

「バカかお前らは」 「なんでケンシロウじゃねぇの?」 「なんでケンシロウにしなきゃなんねぇんだよ?」 「しょうがねーな、ケンジロウでもいいぜ?」 「だから何でだよ?」 「しょうがないっすね、サトシロウでもいいっすよ」  全員が鈴木を見た。 「あれ? お前の名前なんだっけ?」 「嫌だなぁ、サトシっすよ山田さん」 「あっそう知らなかった」 「知ったから呼んでいいっすよ? サトシって」 「サトシ、そこのししゃもフライ取って」  鈴木以外の全員が山田を見た。  鈴木がししゃもフライの皿を渡して寄越す。 「ズリィ! 俺もケンジって呼んでよイチさん!」 「ケンジ、ライター貸して」 「あぁもう、ライターだけじゃなく俺も貸しちゃうぜ!?」 「シュウイチロウ、呼び出しボタンで巨乳のネーチャン呼んで」 「あの、ボタンでどうやって巨乳指定すればいいんですか?」 「カズオ、俺の煙草がねぇ!」 「え、カズオって田中っち? なんか地味」 「ケンジに言われたくねぇな。ホラ山田、残りはやるよ」  田中が煙草のパッケージを放る。  そこで一旦、全員が何かを待つように沈黙した。 「あれ、山田さん。佐藤さんはヒロシ呼ばわりしないんスか?」 「用事がねぇもん」  煙草に火を点けながら山田が即答した。  その正面で佐藤が手にしていた煙草を咥え、低く促した。 「一太郎、火」 「──」  ほかのヤツらが山田を見ると、ポカンと開けた山田の口から煙草が落ちそうになっていた。 「一太郎、聞こえねぇのか」  咥え煙草のまま頬杖をついた佐藤が静かに、しかし威圧的に催促する。  呆気に取られていた山田のツラがパッと仏頂面になり、手にしていた百円ライターを無言で突き出し、擦った。  佐藤の目が小さな炎から指先へと滑る。 「震えてんぜ?」 「ッ!」  途端に、佐藤に向かってライターが飛んだ。 「俺の火は1回1万なんだからな!!」 「でもイチさんソレ、俺のライター」      終電があるうちに店を出た。  彼らは何となく2人ずつに分かれ、ブラブラと駅に向かった。  先頭は鈴木と本田。さっきから妙にウマが合ってるように見える。不思議なものだ。  しんがりの佐藤は、前を歩く山田と弟の背中を眺めながら隣の田中に言った。 「お前さぁ、高校のとき──」  田中が目を寄越した。 「何だ?」 「いや、山田が親父や兄妹のことを知ったのが高校んときだろ。何か思い当たるフシはねぇのかなと思って」  あぁ……という声のあと、少し沈黙。 「俺がアイツと直接関わったのは3年のとき、その……ほんの数回だけだから、当時の山田についてはそんな詳しいわけじゃねぇんだって」 「そうだっけ? それにしちゃ、入社日に再会したとき結構親しげだったよな」 「まぁ──懐かしい顔だったしな、一応」  佐藤は小さく相槌を打っただけだった。  やがて、田中が躊躇うように口を開いた。 「もしかしたら……」 「うん?」 「そういうことだったのかもしんねぇなっていう、憶測みてぇな心当たりならあるけど」 「何のだよ?」  また少し沈黙。それから舌打ちと、悪ィ……という呟き。 「俺の口からは、これ以上のことは言えねぇ」 「それじゃ全然わかんねぇよ」 「悪ィ、余計なこと言った」  佐藤は何かを言いかけてやめた。  田中が開けかけて閉じた何かが気にならないと言えば嘘になる。しかしおそらくソイツは、酔っ払って駅まで歩く道すがらの雑談には相応しくないに違いない。  前方に駅の高架が見えてきたとき、田中がポツリと切り出した。 「ただアイツさ、高校んときも基本は今みてぇな感じだったんだけど、なんて言うか妙な陰みてぇなモンがあって」 「陰?」 「陰っつーか、なんかこう、何かを諦めてるような投げ遣りな感じっつーか」  絶えず人に囲まれてたクセに、いつも1人でいるようなツラしてて。  無言の佐藤の横で、田中が続ける。  うまく言えねぇんだけど、ハラん中に暗い穴が空いてるような目って──わかるか?  佐藤は応とも否とも答えず聞いていた。 「それが社会人になって再会したら、あの調子じゃん? 正直言うと、初めはちょっと違和感あったんだよな」 「──」 「でもアレって、そのハラん中の穴が完全に密閉されて外から見えなくなっただけなんじゃねぇかって、ずっと──」  お前ら、急がねぇと終電くんぜ! 視線の先、改札の向こうで山田が怒鳴った。  途端に電車が滑り込んでくる音が聞こえて、佐藤と田中は走り出した。  自動改札を抜け、そこらじゅうのヤツらが一斉に階段を駆け下りる中、佐藤の手が山田の手を掴んだ。  山田の反応はわからないが、少なくとも振りほどきはしなかった。  扉が開いた途端にどっと入れ替わる乗降客に紛れ、混沌とした車内に潜り込む。ほかのメンバーは見当たらない。子供じゃないからいちいち心配しなくとも、みんな無事に乗ったはずだ。  ギリギリまで駆け込んでくる乗客の圧力で、2人は奥へ奥へと押し込まれていった。

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