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第32話 山田オッサン編【24-1】
その休日、山田宅には鈴木と佐藤が来ていた。
田中んちはヨメさんと息子が退院してきて大忙し。佐藤弟はまた新しい彼女でもできたのか、ここ最近付き合いが悪い。
「田中さんの息子さん、一郎くんになったらしいですね」
階段の下に立つ山田妹が佐藤を見て言った。
アパート前の空きスペースでは現在、彼女の息子が鈴木に付き添われてチャリンコの練習中だ。
ちなみに山田はジャンケンに負けてビールを買いに行ってる。
「あぁ、マジで付けると思わなかったけど」
「うちの次郎のお兄ちゃんみたいですね」
「それは順番がおかしくねぇか」
そもそも次郎という長男がおかしいワケだけど。
「苗字の複雑さも全然違うしな」
「もし私が平凡な苗字になったら、子供たちの名前が色違いのお揃いみたいになるでしょうね」
色違いのお揃い……?
表現はいまいちピンと来なかったが、意味はわからなくはなかった。が。
佐藤は山田妹の端正な顔を眺めたあと、鈴木に目を遣った。
「あ、ないです」
どんな電波が飛んだものか、すかさず山田妹が否定した。
「何が?」
「鈴木さんとの仲を疑いませんでした? いま」
「──」
この女は本当に山田の血縁だろうか。佐藤はむしろ、そっちを疑った。
「あれだけ次郎を可愛がってくれてるんですから、勘繰る気持ちはわかりますけど。鈴木さんは次郎が好きなだけで私のことは眼中にないと思いますし、私はもっと何ていうか、単純で屈託のない人のほうが楽でいいです」
「なるほど」
この妹が腹違いの兄を好きなのは、単純で屈託がないからだろうか。
他人に見せない内側がどうあれ、少なくとも山田の表面は複雑でもなければ屈託もない。
そして確かに彼女と鈴木ではエグみが強すぎて食あたりを起こしそうだと思った。
鈴木と次郎の仲の良さは依然として謎ではあるものの、さしあたり要らぬ世話というヤツだ。仲良きことは美しき哉。
「ところで、訊いてもいいか」
「はい」
「山田と初めて会ったとき、アイツってどんなヤツだった?」
「今とそれほど変わらなかったと思います」
「成長してねぇってことかな」
「いえ──何と言ったらいいか複雑なんですけど。途中、いろんな」
山田妹は一瞬瞼を閉じ、開けた。
「時期があって。だから……」
言いかけて、また目を伏せる。いつもは淀みのない弁舌が、この件になると不具合を来す。
佐藤が黙って待っていると、彼女はやがて静かに目を開けた。
「だから今が最初の頃と変わらないっていうのは、望み得る最善の状態なんです」
残念ながら完全に同じではありませんけど、と呟いた硬い眼差しを眺め、佐藤は無意識に煙草の箱を出しかけて仕舞った。
「その、いろいろあった時期ってのは上の兄貴絡みなんだろ?」
「……えぇ、まぁ」
「でも何かで会うこともあんのかな、ソイツと山田は?」
「ありません。アイツが私の認識よりも更にバカでない限りは。父から接近禁止令が出てますから」
この顔で「アイツ」などと吐かれると違和感があるが、それよりも。
「接近禁止令だぁ?」
「もちろん、父が禁じてるだけですから法的効力はありませんけど」
「あのさ、その兄貴ってのはエリート街道まっしぐらな優等生の長男なんだろ? ソイツが2号の息子に近づくのを親父が禁止するって一体どんな非常事態だよ」
「父は決して清廉潔白な人物ではありませんが、不幸中の幸いで、妾腹とは思えないほどお兄ちゃんのことを溺愛してるんです。私たちよりも余程。そりゃ、政略結婚した母よりも自分で選んだ愛人のほうが愛しいのは当たり前ですからね。だから父は嫌いですが、お兄ちゃんを守ろうと努力してる点だけは私も認めます」
彼女の答えは、あくまで婉曲で核心に近づかない。
「守るって、兄貴からか」
「主に、そうですね。他には生活費の援助だとか会社での昇進を働きかけて、悉くお兄ちゃんに拒絶されて玉砕してますけど」
「──」
いま、さりげなく山田の裏事情がいくつか明かされなかったか。
しかしいずれも大したことじゃない。一番知りたいことに比べれば。
「その親父が兄貴の何から山田を守ろうとしてんのか、教えちゃもらえねぇんだよな」
「少なくとも今は、まだ」
「兄貴が接近禁止令を破っててもか?」
山田は経産省が、親父が孫に会いたがってる旨を伝えてきたと言っていた。しかし今の話を聞いた限りでは、長男を遣いに出したはずがない。
じゃあ一体、禁を犯してまで山田に会ったのは何のためだ? 山田は何故、嘘をついた?
気づけば紫櫻が佐藤を凝視していた。
その、明らかに眦の吊り上がった目ヂカラは尋常じゃなかった。
「まさか……いつ?」
「先々週かな」
経産省が接触してきた本当の理由が別にあるにしろ、そうでないにしろ、いずれにしても家族にとっては一大事に違いない。だから山田は口止めしたんだろうが、こうなったらそうはいかなかった。
山田が言ったことをかいつまんで聞かせると、蒼白になった紫櫻の美しい唇の中で小さな呟きが漏れた。
彼女は確かに言った──あんのクソ野郎が……。
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