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第39話 山田オッサン編【29-1】
その夜は鈴木、山田、本田という若手の取り合わせで接待チームを務めた。
本当は課長・係長である鈴木・何故かいつも指名される山田のはずだったが、課長が昼メシでハラを下したため急遽平均年齢がダダ下がった。
場所は銀座。
接待向けと言えど今どきは全面禁煙の店も多い中、煙草吸えねぇなら行かねぇ! と喚いた山田のために分煙の創作料理屋がセッティングされた。
結果、禁煙だろうが分煙だろうが全面喫煙可だろうが、相手のオッサンたちが吸おうが吸うまいがそんなモノはもはや関係ない。
我が社一番人気の山田がチャージ料1名2千円の個室を煙で真っ白にしようとも、援交もとい宴会は好感触のうちに恙なく終了した。
鈴木が領収証を受け取って外に出ると、先方のオッサン2人が山田を2軒目に誘っていた。
「いいじゃない山田くん」
「いや、よくないっす。ハラいっぱいで眠いんで帰って寝ます」
「キレイなお姉さんが揃ってるとこならどう?」
「俺はロリ顔の巨乳しか受け付けませんけど、そういう店はご存知なんすかね」
やり取りを眺めていた本田が困ったように振り向いて囁いた。
「外に出てからずっとアレなんですよ」
「しょうがないな、人身御供に置いていくか」
「えっ、まさか見捨てるんですか?」
「山田さんは強い子だから1人で切り抜けられるはず」
「そんなぁ鈴木さん、山田さんが酔っ払いのオッサンに襲われたらどうするんですかぁ」
本田は先日の、田中ジュニア生誕記念飲み会での山田発言を忘れられずにいるようだ。
そんな心配症の乙ゲー王子様を安心させるべく、鈴木はしたり顔で頷いてみせた。
「大丈夫、山田さんは慣れてるから」
そのとき、通りかかった黒いレクサスが少し行き過ぎて停まり、バックで寄せながら彼らの前に横付けした。
助手席の窓が開く。鈴木と本田の位置からは、運転席から身を乗り出す男の姿がリアガラス越しに見て取れた。
オッサンらは顔見知りらしく、どこか落ち着かない様子で言葉を交わしている。その脇で山田がジリジリと後退を始めているのに鈴木が気づいたとき、上役のほうのオッサンが振り返って言った。
「山田くん、熊埜御堂さんとお知り合いなの?」
──熊埜御堂?
脳内で反芻した鈴木の前で、いえ全然、と山田の硬い声が答えた。
え? でも、と戸惑うオッサンの向こうで運転席のドアが開き、男が出てきた。
あれ? あれって……隣の本田が小さく漏らす。
長身痩躯、隙のないスーツ姿。誰かを彷彿とさせる冷たく整った面差しに、シルバーフレームのメガネ。
車体を回り込んで歩道にやって来た熊埜御堂某は、まずオッサン2人に短い挨拶を投げてから、内面を読み取りづらい端正な造作で山田を捉えた。
「山田くん」
山田の背中は微動だにしない。
「送るよ。乗って」
思いのほかソフトな声音。しかし抑揚を感じさせない物言いが妹と似てると、鈴木は感じた。
一方の山田は素っ気ない口調で応じた。
「結構です」
「家まで送るだけだから」
「いいえ結構です」
「山田くん」
男が繰り返す。威圧的なわけでもない。強制するわけでもない、ただ静かな声。
鈴木は一歩踏み出した。
「あの、大変失礼ですが、これからまだ打ち合わせがあって……」
言いかけたとき、山田がハッとした表情で振り向いて目が合った。鈴木たちの存在を失念していたかのようなツラ。それからすぐに男に向き直り、言った。
「いえ、行きます」
「山田さん」
鈴木が近づいて腕に触れると、山田は何気ない素振りで身体を引いた。
「いいんですか」
「いいから、お前はちゃんとこの場を締めて帰れ」
「でも山田さん」
「このことは黙ってろ」
誰に、とは言わなかった。
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