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第40話 山田オッサン編【29-2】#

 山田は顧客のオッサンたちに挨拶してクルマに近づいた。男が助手席のドアを開けて待っている。が、山田はさっさと自分で後部ドアを開けて乗り込んだ。  熊埜御堂はこれといった反応もなく無言で助手席を閉め、失礼しますと歩道の面々に挨拶を寄越して運転席に消えた。  レクサスは滑るように走り去り、山田がいなくなった途端にオッサンたちも驚くほど引き際が良く、あっという間に鈴木と本田は2人取り残された。 「本田くん。さっきのアレが、経産省で山田さんを居残らせた人?」 「そうです」  鈴木は少し考え、スマホを出して電話をかけた。  10回コールを聞いて切り、再度10回コールして、またあとにしようと歩き出したところで折り返しかかってきた。 「なんだよ?」  繋がるなり、電話の向こうの佐藤が言った。 「どこにいるんスか?」 「デート中だ、邪魔すんな」 「了解。山田さんが熊埜御堂氏に拉致られたんで知らせておこうかと思ったけど、じゃあ切りますね」  返事を待たずに切ると、2秒でスマホが鳴り出した。 「はい鈴木」 「どの熊埜御堂だ」 「デートは?」 「質問に答えろ」 「聞いてどうするんスか? 夜はまだまだ長いんだし、続きを楽しんでください」 「鈴木」 「山田さんも、今夜はエリート官僚のレクサスでドライブっすよ」 「──」 「俺は接待終わって、これから本田くんと二次会なんで。じゃあ」  言って切ったが、今度はかかってこなかった。  歩き出すと本田が訊いた。 「誰にかけたんですか?」 「佐藤さん」 「あぁ、お母さんだから報告しておかなきゃなんですね」  本田は山田と佐藤の関係性を誤認しているようだが、わざわざ修正してやるのも面倒だ。 「二次会やるんですか?」 「都合悪かったらいいよ」 「いえ大丈夫ですけど、このへんで?」 「俺ら向きじゃないよねぇ。とりあえず移動しよっか」  どのエリアで飲むかを相談しながら駅に向かう途中、佐藤から電話が来た。 「山田にかけても出ねぇし、電源切られた」 「まぁいいじゃないスか。山田さんが出たところで、どうすんです? デート中に電話ばっかりかけてたら振られますよ」 「もう振られた」 「どうしてそんなに大事なのにいちいちデートするんスかね、他の女と」 「余計なことはいいから、何があったのか話せ」  やれやれ、と鈴木は簡単に経緯を説明した。 「熊埜御堂氏は送るだけだって山田さんに言ってたんで、それが本当なら心配いらないとは思いますけど」 「送るだけってどういう意味だ、ほかに何があるってんだ」 「知りませんよ、俺は」 「そもそもソイツは、なんでそこに現れたんだよ? まさか接待の相手が呼んだんじゃねぇよな」 「わかりませんけど、少なくとも先方は驚いてたので違うと思いますね」 「じゃあヤツが山田を尾けてたのか?」 「だから、俺が知るワケないっすよ佐藤さん」  若干持て余し気味な鈴木の声で我に返ったのか、電話の向こうに溜息が聞こえた。 「拒否ってた山田が、なんで急に気が変わってクルマに乗ったんだよ?」 「もしかしたら、今夜の接待の成果に影響するかもしれないって考えたんじゃないかと。先方が熊埜御堂氏と顔見知りでしたし」  鈴木の声を聞いた途端に振り向いた、ハッとしたツラを脳裏に描く。  今日のチームの頭が予定どおりの課長だったなら、山田はレクサスに乗らなかったかもしれない。そう思うのは自惚れだろうか。  とっくの昔に手を離れ、肩書きで追い越してしまっても、山田にとって自分はまだまだ面倒をみるべき後輩なんじゃないか。そんなことを考えてしまう自分は、きっと甘えてるんだろう。  本当なら自分が、あの場で断固として連れ帰るべきだったのに。  ──タラレバを言ったってしょうがねぇだろ? そんな山田の声が聞こえた気がした。  鈴木はひとつ息を吐き、何かあれば連絡する旨を佐藤に伝えて電話を切ると、本田を振り返った。 「さて、どこ行こうか?」

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