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第42話 山田オッサン編【30-2】
受験のストレス、強いられる人生の重圧、父への苛立ち。
それら全ての捌け口として、一番効果的な手段を執った。
自分が父に言えば彼の母親の療養費なんかいつでも打ち切ることができる、お前の学費も払えず、親子で路頭に迷うことになる。そういった内容を振り翳して脅したのを覚えてる。
もちろん、父が彼らを見捨てるはずがないのは知っていた。
しかしそんなことは彼にはわからないし、高校生になったばかりの息子は病気の母を抱えて生きていく術を知らない。
初めて抱いたとき、彼は泣いて喚いて抵抗した。
嘘で脅して黙らせても尚、反射的に突っぱねようとする手は、ベッドの支柱に括り付けた。
途中、彼と約束があって来るはずだけど知らないか、と妹が部屋を訪ねてきたが、鍵をかけたドア越しに知らないと答えて追い払った。
彼自身もベッドの上で息を潜めて遣り過ごしていた。それはそうだ。無邪気に懐いている小学生の妹に、そんな姿を見られたくはなかっただろう。
お前ら2人とも可哀想に──そう心の中で嗤ったのを今でもはっきり思い出せる。
そして結論から言えば、企ては成功した。
決して失敗のないよう知識を集めて準備を整えることは、試験勉強と大差なかった。それでも手こずりはしたし、途中でやめようかとさえ思った。
が、最終的には彼の中に押し入り、思いも寄らなかった快感を得て不覚にも動揺するうちに果てていた。
熊埜御堂啓輔にとって、それが人生初のセックスだった。
しかし彼にとっては人生最悪の経験だったに違いない。終わったあとも手首を縛られたまま身じろぎもせず、放心したように見開いた目から涙だけが流れていた。
その姿に、内心快哉を叫んだ。
ざまぁみろと父親を嘲笑った。
不公平だろう? 生まれ落ちた先がほんの少し違うだけで。
こっちは両手足に枷を嵌められ、窒息しそうな人生を歩かされているというのに。
お前も味わってみろ、縛られる不自由さを。
意思を主張することも許されず、圧迫されて萎縮して隷属を強いられる屈辱を。お前も身をもって知ればいい。
それからというもの、事ある毎に関係を強要した。
腹違いの兄弟だったが、同性同士という以外のタブーを犯している意識はなかった。
そして身体を重ねるたびに彼の抵抗は鳴りを潜め、比例してあらゆる表情が漂白され、透明だった目の中には砂のように乾いた壁が築かれていった。
やがて冬が来て無事受験を乗り越え、進学に伴い変化した環境が落ち着くまで続いた関係は、2年を超えた頃から徐々に間遠になり、いつのまにか終わったかに思えた。
終わったはずだった。
なのに再開したのは、結局また父からのプレッシャーによるものだというのは言い訳か。
卒業後の筋書きが芽生え始める時期から、ストレスで苛立つようになった。それがきっかけだ。
しばらくぶりに連絡を取った彼は、当然のことながら戸惑いと迷惑げな様子を隠しもしなかった。
てっきり高卒で就職するものだと思っていたが、意外にも進学したらしいことは小耳に挟んでいた。
会いたいという申し出は、当然の如く拒否された。
もう母親の病気もほぼ心配はなく、父からの援助は続いているが打ち切られてもどうにかならないことはない、だからもうアンタの思い通りにはならない。そんな答えだった。
ではどうするか。
拒絶されることは予想していたから、考えは用意してあった。
あの頃の写真がある、周囲にばら撒かれたくなかったら大人しく従ったほうが利口だ、今度はそう脅した。
使い古された陳腐な手だが、効果は覿面だった。
本当は写真なんかない。そんなものを持っていて万一のことがあったとき、困るのは自分だ。
しかし彼は疑いもせず指定の場所に現れ、諦めた顔で言いなりになった。
たぶん、それからだったと思う。
我ながら信じがたいほど彼にのめり込んでいったのは。
以前と何が違っていたのかはわからない。単に成長したということなのか。それとも、離れていた間の何らかの出来事が影響でもしたのか。
何にせよ、彼は抱けば抱くほど色艶を増し、頑なに全てを拒む眼差しとは裏腹に、侵略されて足掻く身体は紛れもなく絶品だった。
一方で、普段の彼は極めて平坦な素っ気なさを崩さない。
中学生になった妹の前では、初めて会った日と変わらない笑顔を見せるというのに。
知らないだろう? そいつが男の下で脚を開いて仰け反りながら喘ぐ姿を。
何度、そうぶちまけてやりたい衝動に駆られたことか。
いっそ何もかも白日の下に曝け出したなら、彼から世界を奪うことが──否、取り巻く世界から彼を奪うことができるだろうか。
考えだすと止めようがなかった。
もはや孤立させて苦しめたいのか、独占したいだけなのか、自分でも判然としなかったが構わない。
さすがに性的な要素の暴露はしなかったものの、当時の自分に出来得るあらゆる手を使って周囲の人間たちを遠ざけた。
初めのうちは怒りを露わにした彼も、やがて観念して自ら他人と関わることをしなくなった。
傍目には、単に人付き合いの悪い学生だと映ったことだろう。
そうやって彼の世界を削ぎ落とし、遮断して囲い込み、羽根を毟ってカゴの中に閉じ込めた。
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