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第46話 山田オッサン編【31-3】

 これだけの秘密を曝させておいて、自分だけ肚の裡を手のひらで覆い続けるような卑怯な真似はできない。  山田の開いた口からエクトプラズムみたいに立ち昇る煙を見ながら、佐藤は続けた。 「一応言っとくけど、いっぺん限りの遊びを求めてる女としか会ってねぇぜ? そりゃたまには想定外もあって、お前が出てくような結果を招いたけどな」 「──」 「山田、俺はな。さっきの話聞いてて正直、死ぬほど胸クソ悪ィけどクソ野郎の気持ちが全く理解できねぇわけじゃねぇって思った」 「──」 「紙一重なんだよ。一歩間違えりゃ同じようになりかねない。油断したら全部持ってかれるのはわかってんだ」  山田のツラは硬く、凍りついたように固まって、指先の煙草は長い灰を作っている。  佐藤は山田のそばに灰皿を置いた。 「俺が怖ぇか?」  山田が小さく首を横に振る。 「女と遊ぶのをやめたら、あっという間にお前しか見えなくなる。お前がそれでも構わねぇなら俺はすぐにでもそうする」 「──」 「正直、今この時点で一生どうこうとかは言えねぇし、これまでの10年の実績でモノを言うしかねぇけどな」 「投資の宣伝資料かよ?」  ようやく山田が小さく笑った。 「似たようなモンじゃねぇか? 絶対って言葉は使えねぇ。気持ちだけの問題じゃなく、こんなこと言っておきながら明日死ぬかもしんねぇ」 「──」 「でも今までずっと変わらず来て、周りが所帯を持ってるこのトシになってもまだ、性懲りもなく同じ気持ちでいる。じゃあ、お前の荷物を俺に預けてみろって迫る以外、他にどうしろってんだよ?」 「──でもお前……」  山田が呟いた。 「俺、子供とか産めねぇぜ?」 「はぁ?」  所帯という言葉のせいか、もしくはそれで先日のことでも思い出したんだろうか。  ラーメン屋でメシを食いながら子供がどうとかって話をしてアパートに戻り、タネ付けだ何だ言いながらセックスした。佐藤弟と山田妹の関係が発覚した日だ。 「何か誤解してるかもしんねぇけど俺は別に子供が欲しいと思ったことねぇし、お前が産めねぇなら要らねぇよ」 「でもお前、長男じゃん?」 「俺んちはな、お前んとこみてぇに跡取りがどうとか言われるようなお家柄じゃねぇんだ。それに孫ならお前の妹が連れてんじゃねぇか。山田のクセに細けぇことぐだぐだ言ってんじゃねぇよ」 「イキナリのび太扱いかよ」 「他に言いてぇことは」 「いま思いつかねぇよ、ンな急にいろいろ言われても……」 「いろいろは言ってねぇ。ひとつだけだろうが」 「──」 「騙されたと思って俺に賭けろ」  言って山田の脇に落ちていた箱ティッシュを拾い、佐藤はもう一度手渡した。 「鼻水拭け山田、そのツラじゃキスもできねぇじゃねぇか」  すると山田は冗談とも本気ともつかない、いつもの口調で返して寄越した。 「洟が垂れてたらキスもできねぇのか? お前の愛はその程度かよ佐藤?」  涙と鼻水にまみれた鼻声のクセに。  こんな夜だから控えるべきだとは思っていて、だから泊まりはするけどそれだけのつもりだった。  今日はド平日で明日も仕事だから、朝早めに起きて一旦帰る。  ハナからソノ気のときは風呂上がりにパンイチだったりもするが、今夜は自分用に置いてある部屋着をちゃんと着て、狭いベッドに2人で並んで眠りに就く。  そのはずだったのに、横になって腕に山田を抱くと同時にド真ん中が熱を持った。  そこで佐藤は、己が萎えそうなネタを振ることにした。 「なぁ山田」 「あぁ?」  こちらに背中を向ける山田の声は眠たげだったが、たぶんフリだけだ。本当に眠いときの身体の弛み具合は知ってる。 「この際だからハッキリ知っておきてぇんだけど」 「おー、矢でも鉄砲でも持ってこい」 「お前、田中とも小島とも寝てるよな?」  すぐには反応がなかった。  威嚇射撃も無しにぶっ放しすぎただろうか。思ったが、言ってしまったことは取り消しようがないから開き直ってしばらく待つ。  やがて山田が言った。 「田中は2回だけだぜ?」 「あぁそうかよ」  2回だって気に入らないが、田中の山田への長年に亘る拘泥からして、もっと何かあったのかと想像していたから意外だった。 「田中ってさぁ、どっかアイツと似たとこあって」 「アイツって、まさかクソ野郎か?」 「そう」 「似てるって、どういうとこが」 「どっちもいわゆる優等生で、なんつーか……俺の何にそんなに興味があんだろーな? っつー疑問を抱かせるトコとか?」 「無い物ねだりなんじゃねぇか」 「オレ何も持ってねーぜ?」  知らぬは本人ばかりなりだ。こんなに正体不明の磁力で他人を引き寄せるヤツを、佐藤は他に思いつけない。 「てかお前、そのクソに似てるって思いながら何で田中と寝たんだよ?」 「え、なんでっつーか……なりゆき?」 「──」 「お前だってヒトのコト言えねぇよな佐藤? 夜中にサカッて安らかに眠ってる単なる同居人のオレんとこに尻アナを貸せって乱入してきたよな? 覚えてっか?」 「覚えてねぇな」 「マジで!?」  山田が佐藤の腕を跳ね除けて飛び起きた。 「ありえねぇ!」 「嘘だよ、覚えてるに決まってんだろ? 俺たちの大切な初夜の思い出だぜ?」 「はぁ? ンなロマンチックな夜じゃなかったよな? 企画書をエサにした取引だったよな?」 「よく覚えてんな、お前にしちゃ」 「覚えてるに決まってんだろ? あんときお前が寄越した企画書、まんま出したら俺が書いたんじゃねぇのソッコーバレてすげー怒られたんだからな!」 「お前な、ちょっとぐらい自分流に手直ししろよ」 「ケツ貸した上にナンでンな労力まで使わなきゃなんねーんだよ?」 「わかったわかった、俺が悪かったことにしといてやるから、じゃあ小島のことを聞かせろ」  すると山田は大人しくなり、再びゴソゴソと布団に潜り込んで佐藤に背を向けた。

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