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第49話 山田オッサン編【31-6】#
でもとにかく、山田をひっくり返して要望どおり前から押し入った。
そして挿入と同時にトロリと蕩けるツラを目にしたら、やっぱり正面から拝みながらするほうが数倍いいと佐藤はあっさり翻意した。甘く潤んだ目も、滴るほど淫らな表情も、背後からでは何も見えない。
せっかくの眼福を存分に堪能するため、佐藤は山田のブーイングを浴びながら途中で煙草を吸い、さんざん焦らされた山田がキレてオレが入れるから替われ!と暴れだしたところでようやく本気を出してラストスパートへ。
こんな夜だから控えるどころか、いつもよりも濃厚な行為と呆れるくらいの時間になってしまった。
若干の反省とともにベッドで一服していると、便所から戻ってきた山田が隣に倒れ込んだ。
「眠ィ、疲れた、死ぬ、デケェオッサンが横にいて狭ェ」
「オッサンで悪かったな、お前も同い年だ山田」
「ナニ言ってんの? 俺は4年に一度しかトシを取らねぇピーターパンだぜ?」
「お前がピーターパン症候群なのは認めるけど、4年にいっぺんもトシ取らねぇと思うぜ? ピーターは」
「ちったぁトシ食わねぇと酒も飲めねーよ」
パンイチで転がるピーターパンを眺め、佐藤は煙を吐いた。
「お前さぁ」
「んぁ?」
「やりたくて我慢できねぇときとかどうしてたんだよ? 今まで」
「あぁ? そりゃまぁ、お前がその気になるようなネタ振ったり?」
「は?」
ネタだぁ?
「たとえばどんな」
「だから、うまい棒とか?」
「はぁ? まさかお前、こないだ納豆味が細ェだのアナが太ェだの言ってたアレか?」
「まぁな」
「誘ってるつもりだったのかアレ?」
「引っかかったろ?」
ヘラッと山田が笑う。
まさか、そんなくだらない誘いに引っかかったとは──佐藤は何だか、ものすごく忸怩たる思いに駆られた。
「ありえねぇ……てか引っかかんなかったらどうすんだよソレ?」
「他の手を考える」
「もっとわかりやすく誘え。ストレートに言えばいいじゃねぇか」
「ストレートになんて言うんだ?」
「やりてぇってな」
「ンなの簡単すぎてつまんねーじゃん、人生つねに遊びゴコロが重要なんだぜ?」
「わかったわかった。永遠に遊んでいたいピーターパンだもんなオマエは。じゃあ俺をちゃんとソノ気にさせるよう、せいぜい頑張れよ」
「ナニ言ってんの? 俺のパチンコ玉は百発百中だぜ?」
「そうかそうか」
佐藤は煙草を消し、その手で山田の顎を掴んで唇を重ね合わせた。
山田は抵抗こそしなかったものの、解放されたときは相変わらずのツラで羞じらうように目を伏せた。
「山田お前、いつになったら慣れんだよ?」
「しょうがねーじゃん、文句あんのかよ」
顔を隠すようにゴソゴソと背を向ける山田。
「聞きたかねぇけど、俺以外は平気なんだろうが?」
「だったら何だよ、だってしょうがねーじゃん」
「何がしょうがねぇんだよ」
「だって最初んとき、コイツとキスなんかしたらヤバイ、惚れるって急にピンときやがってよー」
「──」
どこからツッコめばいいのかまるでわからない一撃を喰らい、佐藤は沈黙した。
何がヤバイ? 惚れるって?
初めてキスしたときにか?
ピンときたって何だ?
「おっ前……山田!」
この夜何度目かの聞き捨てならないセリフに、佐藤は跳ね起きて山田の肩を掴んだ。こうして跳ね起きるのも、この夜何度目だろうか。
「ンな大事なこと、今頃サラッと言うんじゃねぇ!!」
「あ、しまった」
山田はわざとらしく両手で口を覆い、明後日の方向に目を向けた。
「コレ、俺の一番のヒミツだから内緒な。ぜってぇ言うなよ?」
「誰にだよ!」
「誰って、だから佐藤?」
「俺じゃねぇか、寝ボケてんのか」
「佐藤係長はピーターパンの俺と違ってオトナだから、聞かなかったことにするとかいう処世術は心得てるよな?」
「聞かなかったことにできると思ってんのかよ?」
言って山田の両手首を掴み、口元から剥がして枕に縫いとめる。露わになった唇が、笑いを堪えるように小さく歪んでいた。
「冗談か? 本気か?」
「ご想像にお任せします」
「もうとっくに惚れてんだろうが?」
「ご想像にお任せします」
「キスがヤベェってんなら、この先毎日イヤってほどしてやるから覚悟しとけよ。お前が言い逃れできねぇぐらい俺に惚れるまでな」
「これ以上どうやって?」
「──」
佐藤は山田のツラを無言で眺めた。
いくら何でも、もうサプライズはないと思っていた。なのに今のは何だ?
見返してくる山田のニヤニヤ笑いからは真意が測れない。その笑顔は照れ隠しなのか、それとも揶揄って楽しんでるだけなのか、嘘か、本気か。
完全にしてやられた気分で息を吐き、佐藤は思った。コイツはどうやら、別のマトリョーシカを開けていかなきゃならないようだ。
「まったく……お前ってヤツはなぁ、山田」
「なんだよ」
「ホント飽きねぇよ」
「そりゃお前、俺に飽きるようじゃ人生終わってんぜ?」
山田がいつもどおりの口調で言い、唇の端で笑う。
まったく、そのとおりだと思った。こんな呆れたヤツを佐藤は他に知らない。
こんなにウソつきで、こんなに興味深く、こんなにフザけた存在は、他ではちょっとお目にかかれない。
取り憑かれたように焦がれて駆り立てられ、目を逸らそうとしても許されず、独占したくてみっともなく足掻く羽目になる、こんなヤツは──
他には、いない。
身悶えするほど忌々しい存在にギリギリまで顔を寄せ、佐藤は触れる寸前に囁いた。
「マジでもう、誰にも触らせんな」
その唇も、身体も、ココロも。
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