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第50話 山田オッサン編【32-1】
目が覚めると佐藤はいなかった。
というより佐藤からの電話で目が覚めた。
「やっぱ寝てやがったか、遅刻すんぞ」
「あァ……? 佐藤お前、どこいんの?」
「もう駅、会議あっから。じゃあな、いい加減起きろよ」
言って切れた電話をしばし眺め、山田はノロノロと煙草のパッケージを引き寄せた。
何だかんだで明け方近くまで起きてた気がするけど、いつの間に出てったんだアイツ?
考えながら1本咥え、火を点ける。
一旦帰ったはずだよな? そんで何だ、会議?
「──」
なんかいろいろあった気がするけど頭が回らなかった。が、ともかくいつまでもパンイチではいられない。
山田は煙草を咥えたまま便所に入り、腹のなかを浄化してから、チンタラ準備をして部屋を出た。
階段を下りきるタイミングで1階のドアが開き、妹が顔を出した。
「おはよう、お兄ちゃん」
「おー」
「私、今週末にでも次郎を連れてクソ親父に会ってくるわ」
まだ脳ミソも覚めきらない寝不足の朝イチからヘビーなことを聞かされた気がしたが、山田は理解してるフリをした。
「そうか」
「クソ兄貴の接近禁止令を強化するよう要求してくるから、安心してね」
「そうか」
そのクソ兄貴が接触してきたことを、コイツは知ってたんだっけ……?
考えかけたが思い出せなかったからスルーすることにした。
「この際だからケンジくんも連れていこうと思うの」
「そうか……ケンジって誰だっけ」
「いやぁね、佐藤さんの弟じゃない」
「あぁお前のカレシか」
そんな名前だっけ。寝ボケてるから余計にわからない。
それにしても妹は何故、わざわざ出勤途中の兄を呼び止めてまでそんな話を今、するんだろうか?
疑問に思ったとき、メガネケースのようなものを手渡された。開けてみるとそれは紛れもなくメガネケースで、黒いセルフレームのメガネが収まっていた。
「顔、ひどいわよ」
妹は言った。
「まぁでも佐藤さんのおかげで回復したみたいだから、心配はしてないけど」
山田は聞こえなかったフリをして妹と別れた。
会社に着くと、誰もが物珍しげにメガネバージョンの山田を見た。とりわけ営業部長なんかゴリゴリに食いついてきた。
「えー山田くん、目ェ悪くなっちゃったの? でも似合うよ、メガネもそそるなぁ」
「両眼1.2っすよオレ」
「あー待って待って! 写真撮ってもいい?」
「1ショット1万っすけどオレ」
部長をいなして喫煙ルームに行くと鈴木がいて、珍しく二日酔いっぽいツラで煙を吐いていた。
「なんだお前、そのツラ」
「山田さんこそ、どうしたんスか? そのメガネ」
聞こえなかったフリをして煙草を咥え、火を点ける。
2人並んで景気の悪いツラを引っ提げて煙を吐いていると、いつものように本田が呼びに来た。
「山田さーん! 山田さ、あ。おはようございます、昨日は大丈夫でした?」
「何が?」
「クルマに乗ってったの、鈴木さんがすごく心配し」
「てないから」
スズキがホンダを遮って言葉尻を引き継いだ。
ホンダとヤマダは、二日酔いのどんよりしたツラで眉間に皺を寄せるスズキを見た。
「どうしちゃったんだよ? ザルのお前が」
「僕と鈴木さん、昨日あのあと2人で飲んだんですけど、鈴木さんがすごく酔っ払っちゃって」
「お前が酔っ払うって、何かスゲェ災害の前触れとかじゃねぇのか鈴木」
「俺も人の子っすからね」
「人だったんだな、お前」
「それでですね、鈴木さんが潰れちゃったんで家まで送ってって」
「潰れただぁ? 鈴木がぁ?」
「ちょっと本田くん、そのへんにしといてくれないかなぁ」
「で、帰るときに鍵をくれたんですよ」
「え?」
山田が言って乙ゲー王子の笑顔に目をくれ、
「え?」
鈴木も言うと、山田と本田が鈴木を見た。
「え?」
「えぇ? 覚えてないんですかぁ? 鈴木さん」
「覚えてない。返してね」
「えーっ、返しませんよう。だって鈴木さんがまた潰れたときに必要じゃないですかぁ」
何がどう必要なのかは、二日酔いと寝不足の2人にはよくわからなかったが、両者とも今それをツッコむ元気はなかった。
「とにかく本田くん、早く行かなきゃいけないんじゃないの?」
どんより促した鈴木係長はしかし、
「でもそれ以上の余計なこと言ったらパワハラ発動するからね」
と脅すことは忘れず、2人を追い出した。
おかげで満足に一服できなかった山田は、エレベータで降りたら真っ先にロビーの喫煙所に行くことを心に誓い、本田にも誓った。
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