6 / 7

第6話 死神の輝伊その一

 四谷輝伊(よつやきい)はベランダから部屋の中へ戻ると、改めて自分の部屋の中を見回した。  ここが今日からしばらくの間、自分の部屋になるのかと輝伊はぼんやりと思った。  自分の部屋を持つ事は輝伊には久しぶりの事だった。  輝伊は、何ともなしに、側にあった机に視線を落とし、それをそっと指で撫でてみた。  机はツルリとしていて、ひんやりと冷たかった。  こんな体になっても感覚を感じている自分を、輝伊は何だかおかしく感じる。  輝伊は自分の細い指を眺める。  人の形をしている自分の指。  しかし、輝伊は人ではない。  人であった時もあったけれど、それは昔の話だ。  輝伊は今、死神として時を過ごしている。  人の命を摘み取る死神。  輝伊は、それを仕事として与えられているのだ。  部屋のカーテンが風も無いのにフワリと揺れる。  部屋の空気が今までの物と変わる。  冷たい、張りつめた様な空気。 「輝伊」  名前を呼ばれて輝伊が顔を上げると、漆黒のマントに身を包んだ長身の男が、部屋のドアの前にゆらりと立っていた。 「マスター」  輝伊がそう呼ぶ男の名前は、紫輝(しき)と言った。  輝伊がそう呼ぶように、紫輝は輝伊の主人であり、ガイドであった。  紫輝はいつも、輝伊にまるで陰の様に寄り添っている。  紫輝が輝伊に近付き、輝伊の頬に手を伸ばす。  輝伊は瞬きもせずに顎を上げて紫輝の顔を見る。  紫輝の顔は目元から下が厚いフェイスベールで隠れていて見えない。  その黒いフェイスベールは口元の当たりに赤い唇の絵が描かれている。 「私の可愛い輝伊。新しい住み家は気に入りましたか?」  紫輝は優しくそう言うと、輝伊の頬を撫でた。  輝伊は目を細めると「分かりません」と答える。 「ふふっ、そうですか。これからここを基盤として活動するんです。居心地は良くしておかなければなりませんよ」 「はい」 「ただし……」  紫輝が輝伊の頬から手を離し、人差し指を自分の口元に当てる。  輝伊はその様子をジッと見つめた。 「この家の人間とのなれ合いはほどほどに」  そっと紫輝が言う。 「分かっています。マスターには僕の我がままを聞いてもらっていつも感謝しています。だから、出来るだけマスターの言う通りにします」

ともだちにシェアしよう!