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そっと、口吻けを。 10
*
ランチを食べて、展望台に登って景色なんぞ見て。もう本当にどうしたらわからない一行は、すみだ水族館にも行ってみたりして。
なんだかんだでスタイツリーを楽しみつつ、お互いを牽制(けんせい)しつつ、緋音のために喧嘩もしないで時間をやり過ごしていた。
時間も夕方になり、そろそろ帰ろうかどうかという時に、緋音のスマホに着信があり。
「ちょっとごめん!」
と言いながら、緋音は珀英と美波を二人っきりにして、電話をするために少し離れた所に走る。
残された二人は。黙って壁にもたれて通行人の邪魔にならないようにしている。
ものすっごい気まずい空気。沈黙だけが漂って、そして見知らぬ人が二人の前を行き交う。仲の良いカップルや、家族連れ、老夫婦や友達同士なんかが楽しそうに話しながら、二人の前を足早に通り過ぎる。
暖かくなってきたとはいえ、まだ4月にもなっていないので、さすがに夕方は気温が下がり肌寒くなってきた。
「ねえ・・・パパの何処が好きなの?」
不意に美波が口を開いた。急に向けられたその問いに、珀英は左隣にいる美波に視線を送った。美波は珀英を見ることもなく、真正面を見据(みす)えたまま、また問う。
「何処が好きなの?」
「何処って言われても・・・かっこいいし」
「普段はだらしないわ」
「・・・寝相悪いし」
「にんじん嫌いだし!」
「時間にルーズだし」
「朝起きれないし!」
「掃除苦手だし」
「ご飯作れないし!」
「うん。そういうダメなところも、良いところも、かっこ悪いところも、かっこいいところも、全部好きなんだ」
珀英がそう言うと、美波はちらっと珀英を見上げて、
「それは・・・わかる・・・」
と呟いた。美波は右隣に立つ珀英のズボンを掴む。そして、拗(す)ねたように口唇を尖らせる。その尖らせた口唇の形が、緋音とそっくりで。
珀英は一瞬だけ、見惚(みと)れてしまった。
「ずるい・・・パパもアンタもずるい」
「・・・え?」
珀英は美波がそんなことを言い出す理由が全くわからなかった。
「だって・・・二人とも大人で。なんかずるいよ。なんかわかり合ってて・・・パパは美波のなのに。パパは美波のパパなのに!!」
「うん、緋音さんは美波ちゃんのパパだよ。オレはね、美波ちゃんに永遠に勝てないよ」
「え?」
珀英がそんなことを言うと思っていなかった美波は、びっくりして珀英を見上げる。
珀英は、すっぴんだけど整った顔で優しく微笑む。緋音とはタイプの全く違う、精悍(せいかん)な男性らしい整った顔に、美波は思わずドキッとした。
珀英は穏やかな笑みを浮かべて、真っ直ぐ美波を見下ろしていた。
「勝てるわけない・・・緋音さんは美波ちゃんを本当に本当に愛してるよ。オレなんか・・・全然勝てないよ。オレは『家族』じゃないし、なれないし。嫌われたら終わり・・・」
『家族』じゃない。その言葉に美波は自分が父親に言った事を思い出す。黙ってしまって、重たい雰囲気になってしまった珀英。
上を向いてしまったので、どんな表情をしているのか、美波からはわからなかった。
でも何だか珀英が、少しだけ、可哀想に思えてしまった。
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