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第二章 愛デ溢レル
その話を耳にしたのは、行きつけのゲイ専門のハプニングバーだった。
「アンタの会社の、多分、係長さん? 二人の男に飼われてるみたいよ」
最初はまさかと笑い飛ばしたが、いつもふざけてばかりいるママが、珍しく神妙な顔をして、厚化粧をした四角い顔を、カウンター越しに寄せてくるから、腰はかなり引けたけれども、とりあえず話を聞いてみた。
「こっちも客商売だから、個人情報を喋るのは御法度 なんだけど、加納 ちゃんは大事な常連さんだから、トクベツに教えてあげようと思って」
「それは嬉しいね。で、ママはなにを見たんだい?」
人好きのする笑みを浮かべ、加納が話を促すと、早い時間で自分と連れ以外にはまだ客もいないのに、声を潜め、「実はね……この前来たのよ」と、事の顛末を話しはじめた。
【第二章 愛デ溢レル】
「香川奈津、二十五歳か」
ママから話を聞いた翌日、社長室へと出社した加納は、従業員台帳のファイルを自身のノートパソコンで開き、目的の人物を表示させてから煙草を取り出し火を点けた。
まだ入社三年目。異例の若さで主任となった営業部二課の若手のホープは、見た目の良さも相まって、女性社員から人気があると社長の自分も幾度か噂を耳にしたことがある。
その香川が〝係長〟を飼っているらしいとママは言っていた。
係長というのが本当ならば、その相手は、半年ほど前に退職をした佐藤和真の事では無いかと考えるのが妥当だろう。
「……探らせてみるか」
佐藤の退職事由 について、不審な点があったという報告は受けていなかった。二十代で係長に昇進しただけの事はあり、優秀で真面目な男だという認識はあったのだが、社長である自分がわざわざ一社員の進退に口を挟むような事もない。
だが、ママの話が本当ならば、佐藤がある種の犯罪に巻き込まれてしまった可能性がある。
だから、調べてみようと考えたのだが、もっともらしい理由を付けてみただけで、その大半は『本当ならば見てみたい』というただの好奇心だった。
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