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「あ」  ラタンチェアーにそっと下ろされて和真は小さな声を出す。どうしてかは分からないけれど、彼の腕の感触を名残惜しいと思ってしまった。 「少し待ってろ」  手早く首輪を外した薫が部屋の中へと歩いていくのを目に映し、数か月前の自分だったらこれはチャンスだと思っただろうとやけに冷静に考えた。 (今日は……変だ)  体を拘束されていないのもおかしいし、バスローブ一枚だけとはいえ、衣類を身に着けているのもおかしいと思う。  這って移動しなくていいと言われたのも初めてだ。  いつもは二人が揃わないと自分に触れることはしないのに、今日は薫と映画を観たりバルコニーに出たりしている。  それがどうしてなのかを考え始めようとしたけれど、いつの間にか戻った薫がすぐ脇にある小さなテーブルにグラスをひとつ置いたから、和真は視線を薫に向けた。 「飲め」  本当に今日はおかしなことばかりが起こる。   「喉、渇いてるだろ。それとも和真は飲ませて欲しい?」  前に立ち、髪へ触れてくる薫の表情が優しく見えて、心臓の音がうるさくなった。 「ありがとうございます。自分で……飲めます」  礼を告げ、テーブルに置かれた湯気の上がる耐熱グラスの持ち手を掴んで持ち上げる。顔を近づければ綺麗な紫の液体からは甘い匂いが漂っていた。  両手でグラスを支え持ち、躊躇(ちゅうちょ)はしたけれど一口だけ啜ってみる。 「おいしい?」 「はい、おいしい……です」 「葡萄好きだったよな」  薫の声に頷いてからもう一口啜って飲むと、今度ははっきりと葡萄の味がした。  いつもとは違い優しい薫に促されるまま半分ほどを飲んだところで、胃が中から温かくなり、幾分か気持ちが落ち着いてくる。

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