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「昼は素麺(そうめん)でも茹でようか。食べれそう?」  ソファーに和真を降ろした薫が声をかけると、一瞬の間を置いてから「はい」と返事が聞こえるが、自信無さげなその声音から、食欲は全く無いことが伝わってくる。  アイランドキッチンへと移動して、大きめの鍋を取り出した薫が水をそこへと注いでいると、視線の先、こちらに横顔を向ける格好でソファーに座っている和真は、身動ぎもせず窓の外を食い入るように見つめていた。  *** 「ごちそうさまでした」  小さな器で出された麺は思ったよりも食べられた。いつも、朝食と夕食とはダイニングテーブルの横に跪き、食事をしている二人の手から直接与えられていた。昼は食べたことがない。この椅子に座ったのも始めてだった。  久しぶりに持った箸で麺を啜っている間、目の前へと座った薫がこちらを真っ直ぐ見つめてくるから居心地は悪かったけれど、促されるまま全てを食べると「よかった」と言われ心臓が大きな音を立てた。 「立てるか?」  横へと立った彼に問われ、和真は「はい」と返事をする。  テーブルを掴み脚へ力を込めていくと、ゆっくりとだが、今度は立ち上がることができた。  ソファーに行くように言われたから、覚束(おぼつか)ない足取りながらも数メートルの距離をどうにか移動する。すると、急に背後から突き飛ばされ、状況も理解できないままに和真はソファーへ倒れ込んだ。そして――。 「どうして和真は服を着てるの?」 「俺が着せたから」 「薫、違う。今、そういう話はしてない」  うつ伏せに倒れた和真は、耳に飛び込んだその声に……この世の終わりが来たかのような絶望感に包まれた。

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