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 玄関が開閉する音や足音が聞こえなかったのは、それだけ和真が歩く事に集中してしまったせいだ。   「奈津、落ち着け」 「俺は落ち着いてる。分かるだろう?」  (さと)す薫へと答える声音は穏やかで、彼を知らない人が聞いたなら、怒っているとは思わないだろう。  けれど、和真は違う。  これまでの経験上、彼の気質は嫌というほど分かっていた。 「やっ……あ」  この時、和真が這って逃げようとしたのは、自分がこれから受けるであろう折檻(せっかん)が怖かったから。  逃げる事など不可能だ。無駄な足掻(あが)きだと分かっているのに体が勝手に動いてしまった。 「っ!」  刹那、背後から伸びた奈津の手によってバスローブの襟を掴まれ、強い力で後ろへ引かれる。 「なあ薫、和真はどう強請(ねだ)った?」 「ひっ!」  あっという間に裸に()かれ、ソファーの上へと仰向けに押し倒された。 「ブジーは? これも和真が抜くように強請ったの?」 「あっ……あぅっ」  萎えたペニスを強く掴まれ痛みに息ができなくなる。   「その質問には……和真本人が答えたほうがいいだろうな」  恐怖に喘ぐ和真の髪を、優しい手つきで撫でた薫が告げてきた。 「和真、返事は?」  困ったような笑みを浮かべるその表情を見た途端、和真は全てを理解する。 (ああ、そういうことか)  これは、二人によって仕組まれた茶番だ。  薫が優しかったのも、久々に……昼間の空を眺めることができたのも、手渡された飲み物を美味しいなどと思ったのも、全ては和真の心を壊して絶望させるための茶番。  逆らおうと思った訳ではないけれど、ここ最近、まともに食べられなかった自分へのこれはきっと罰なのだ。

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