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第四章  愛ニ、侵サレル

『奈津、聞け。私は自分の過ちに気づいたんだ。だから、この子を同じ目に遭わせたくない』  和真を見つけだしたのは今から九年前。場所は、当時の和真が一人暮らしをしていた都内のマンションだった。 『言ってる意味が分からない。は俺のでしょう? それとも、こんな所に(かくま)って、自分の物にしようとしてたとか? ずるいなぁ……父さん。もう好き勝手はやったじゃないですか』 『それは……』  言葉に詰まる父親に対し、偉そうなことを言うなと思った。  明らかに、怯える様子の和真に対し『おいで』と命じてみるけれど、警戒心を(あら)わにした彼は『息子さん?』と、父親に対し小さな声で尋ねるだけで、こちらに来ようとはしない。 『今日のところは帰りなさい。後日、この子のいない所でゆっくり話そう』 『奈津、家長の命令は絶対だ。ここは引こう』  背後に立つ薫が奈津の袖を引き、『まだ時期じゃない。分かってるだろ?』と言ってくるから『しょうがないな』とため息をついて父親を鋭く睨んだ。  確かに薫の言う通り、時期じゃないのは分かっている。その日の目的は父の動向を探るだけだったはずなのに、和真の姿を見た途端……自制がきかなくなってしまい、衝動的に動いてしまった。 『今日は引くけど、それ、絶対迎えにくるから。手を出したら父さんでも許さない』  そう奈津が告げれば、正面から視線を受け止めた父親が、「そうはさせない」と明瞭な口調で返事をしてから振り返り……和真の額へ手のひらで触れる。 『奈央さん、彼はいったい……』  そして、訳がわからぬ様子の和真が父へ問いかけたその瞬間、細い体がフラリと揺れ、糸を切られた操り人形みたいにガクリと崩れ落ちた。 『やられたな』    背後から薫の声が聞こえるが、それよりも……和真を抱き止めた父の姿に腹を立てたのを覚えている。 『私は……もうあんなことは絶対にしない。時代は変わって他に方法はいくらでもある。奈津、薫、お前たちも分かってるだろう? この子はもう――【第四章 愛ニ、侵サレル】

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