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「ああ、怖いのかな?」  奈津が尋ねてくるけれど、まともに返事ができなかった。この時、和真の心を占めていたのは、恐怖ではなく、心細いという感情に近いもので――。  こちらに向かって伸ばされた奈津の手のひらに頬を寄せたのは、彼に縋っての行動なのか? それともただの条件反射か? 和真自身にも分からない。 「大丈夫。何もしない」 (嘘だ……そんなはず、ない)  今日の二人は凄くおかしい。優しくしたり拘束を解いたり服を着せたりと、これまでにない事ばかりだ。 「何も考えなくていいから、ついておいで」  手首を掴んだ奈津に言われ、和真は足をなんとか踏み出して歩きだす。部屋からエレベーターの間は内廊下になっており、絨毯(じゅうたん)も敷かれているからホテルのような内装だった。  過去にここを歩いた時、常に和真は二人に付けられた玩具(がんぐ)や拘束具に(さいな)まれていたために、周りを見ている余裕などありはしなかったから、高級そうな雰囲気を見て場違いな気がしてしまう。   (そういえば、なんで彼らは……)  こんなに立派なマンションで暮らす事ができるのか?  奈津の勤務先はいわゆる商社で有名な企業だが、この若さでここまで立派なマンションに住める筈が無い。  それに、薫についてはどんな仕事をしているのかを、未だに和真は知らなかった。もしかしたら、親が資産家なのかもしれない。 (考えるだけ無駄だ) 「考え事?」 「あ」  思考に耽っているうちに、目の前にあるエレベーターの扉が開いてしまっていた。どこに行くのか聞けない和真は尻込みをしてしまうけれど、「行くよ」と強く手を引かれ、抗えないまま乗り込んだ。

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