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「それでも、朝よりは食べれたか」 「あの……おいしかったです」    返事を求めた訳では無いと分かっているはずなのに、珍しく彼が(みずか)ら声を発した事に奈津は驚いた。  ただの粥とはいえ、流石に料亭ともなると、いつも二人が与える物より美味しいと感じたのだろう。奈津も薫も料理はするが、流石にプロ級とはいかない。 「和真」 「ごめんなさい」  謝罪をさせる意図で名前を呼んだ訳ではなかったが、伝えるのも面倒だから、「口を開けて」と命令する。 「これ、好きだよな」  デザートの葡萄を一粒つまんで和真の口へ入れ、「皮ごと食べても大丈夫だよ」と伝えた奈津は、咀嚼(そしゃく)している下唇を親指の腹でそっと拭った。 「どう?」 「おいしい」  頬に(わず)かな赤みがさす。敬語を忘れてしまった事にも気づいていない様子から、本当に美味しいと感じているのが伝わってきた。 「和真は葡萄が好きだもんな」 「え?」 「ほら」  驚いたような表情を見せた彼の口へと再び粒を近づける。と、困ったように視線を泳がせた和真だが、逆らうことができるはずもなく、口を開いて受け入れた。  和真が口を開かなくなるまで何回かそれを繰り返し、「もういい?」と笑みを浮かべて尋ねれば、「ごちそうさまでした」と答えた彼の瞳に涙の膜が張る。 「どうした?」  髪を撫でてから立ち上がり、和真の横へと移動した奈津は、俯いた彼の顎を掴んで自分の方へと上向かせた。 「ごめんなさ……」  再び謝罪を紡ぐ唇へただ触れるだけのキスをする。シャツのボタンを外し始めると、怯えたように震えはしたけれど抵抗はしなかった。

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