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「あれ? 香川君じゃないか」  しかし、低いはずだった可能性は三分と経たないうちに、和真もよく知る声によって現実のものとなる。  和真を抱く腕に力が籠もり、小さく舌打ちの音がした。 「こんばんは。社長もここでお食事ですか?」  声の主が分かった和真は、奈津の首へ抱きついてから肩辺りへと顔を埋める。 「ああ、今日はプライベートでね。それは佐藤君かい?」 「ええ。和真、社長だ。挨拶しろ」  頭上から響く奈津の命令に従わなければならないのに、すぐには顔を社長の方へ向けることができなかった。   奈津の勤務先であり、過去に和真も勤めていた企業の社長である加賀は、奈津と薫のニ人以外では唯一自分の痴態を見た人物だ。  それに加えて過去に一度、彼には抱かれた事がある。 「和真」  もう一度、表面的には優しげな声で命じられ、和真はどうにか顔を動かし背後に立つ人物を見た。 「……お久しぶりです」  驚いたせいで涙は止まっていたのだが、あまりにみじめなこの状況に恥ずかしさがこみ上げてくる。 「だいぶ痩せたな。余計なお世話かもしれないが、ちゃんと食べさせているのかい?」 「ご心配なく。少し体調を崩しただけです。な、和真」 「はい」  加賀の顔を直視できずに思わず視線を逸らしたが、彼の隣に立つ人物と今度は視線が絡んでしまった。すると、中性的で整った容姿をしている小柄な青年が、加賀にべったりと寄り添いながら鋭く和真を睨んでくる。  いたたまれなくなった和真は、再び奈津の肩の辺りへと顔を埋めた。

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