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『いいかい和真、約束だ。この先、香川って名前の人には絶対に近づかないで』
『かがわ?』
『そう、香川。和真はまだ小さいから分からないだろうし、忘れちゃうかもしれないけど、それでも……香川っていう人がいたら近づいちゃダメだってこと、それだけは覚えておいて欲しい』
(なんだ? 夢?)
目の前にある父の姿にこれは夢だとすぐに悟った。なぜなら父は幼い頃に事故で亡くなっているはずだ。
『わかった! かがわって人がいたら、絶対に近づかない!』
『いい子だ』
父の手のひらが褒めるように髪を撫てくる感触だけが、やけにリアルに感じられ……その心地よさに和真は微 かな吐息を漏らした。
(香川って……)
こんなやりとりを父と交わした記憶はない。しかし、夢に見ているということは、今まで思い出さなかっただけで現実にあったことなのだろうか?
(いや、きっと違う)
香川は奈津と薫の姓だ。だから、きっと二人を恐れるあまり、昔の記憶に混ざり込んでしまっているだけだろう。
「和真」
「ん……うぅ」
耳の近くで自分の名を呼ぶ声がする。
よく知っているその声に、徐々に意識は覚醒するけれど、目を覚ましてしまいたくなくて和真は瞼を強く閉じた。
「和真は起きたくないのかな?」
瞼へと触れた柔らかな熱が、どちらの唇か分かってしまう自分が自分で恨めしい。
起きていることはバレているのだと分かっていても、なかなか瞼を開けずにいると、穏やかな薫の口調とは裏腹に……不機嫌な奈津の声が少し遠くから聞こえてきた。
「もうとっくに限界……過ぎてんだけど」
「わかってる。ほら和真、目を開けろ」
それまで頭を撫でいた手に頬を軽く叩かれて、痛い思いをしたくはないから反射的に瞼を開く。と、目の前には予想した通り微笑む薫の顔があった。
「おはよう」
「おはよう……ございます」
ここはどこだろう? 視線を動かし見える範囲を確認すれば、自分が大きなソファーの上で膝枕をされているのは理解ができた。しかし、覗き込んでくる薫の向こうに見える天井には覚えがない。
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