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 ***     「和真、起きろ」  耳へと滑り込んできたのは、落ち着きのある静かな声音。 「ん……」  軽く身体を揺さぶられ、徐々に意識が覚醒する。 「和真」  早く起きなければ、酷い折檻を受けることは分かっているから、必死に重い瞼を開けば、額に冷たい手のひら触れて「おはよう」の声がした。 「……おはよう、ございます」  和真はベッドに寝かされており、ベッド脇には薫が立っている。今は黄昏時なのか? 薫の背後に見えるカーテンの隙間から、茜色をした光が僅かに射し込んでいた。 「うっ……う」  起きあがろうと試みるが、体中が鈍く痛んで動けない。焦った和真が謝罪をしようと乾ききった唇を舐めたその瞬間、「動くな」と告げた薫がベッドの上へと腰を降ろした。 「喉が渇いてるだろ。口、開け」  持っていたペットボトルの口を開きながら、薫が短く命じてくる。逆らうことなく口を開けば、水を含んだ薫の口に、深く唇を塞がれた。 「ん……う」  口移しで水分を与えられるのは、初めてのことではない。最初は激しく抵抗したが、その時は、脱水症状になる寸前まで水分を与えられなかった。    ひざまずいて二人に詫び、口移しを受け入れた時、生殺与奪(せいさつよだつ)を彼らが握っていることを、身体で覚え込まされたのだ。 「まだ飲む?」 「あ……あ」  いったん口を離した薫が、穏やかな声音で尋ねてくる。それに和真が頷けば、「いい子だ」の声がしたあと再び水分を与えられた。    額に触れている手のひらが、ひんやりとして気持ちがいい。  数回それを繰り返し、満たされた和真が首を振ると、頷いた薫がサイドテーブルへボトルを置いた。 「奈津はいない」  和真が視線を彷徨わせれば、察したように疑問に答えた薫が唇へ触れてくる。 「ゆっくり眠るといい」 「……ん」  親指の腹で下唇を拭った薫にそう告げられ、混乱した和真は理由を尋ねようと口を開くが、結局言葉にすることができず、すぐに襲った強い睡魔へと、疲れ切ったその身を委ねた。  そして、次に和真が目覚めた時、辺りは明るくなっていた。  視線を動かし辺りを見ると、10畳ほどの空間には、自分の寝ているダブルサイズのベッドとサイドテーブルの他に、ソファーとテレビ、ローテーブルが設置されている。その全てが淡い茶系で統一されており、壁は柔らかなクリーム色、フローリングの床には焦げ茶のラグが敷かれていた。

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