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『ごめん。ありがとう』  焦げ茶がかった癖のある髪を指で弄び、外を見ながら小さな声で謝罪と礼を紡ぐ姿に、思わず笑いそうになる。  奈津は、この世に生を受けた時から、香川本家の長男として、大事に育てられてきた。そんな環境のせいもあり、謝罪をするのがとても苦手だ。  学校では、状況に合わせ上手に言葉を選んでいるが、その家柄と、秀麗な見た目で、大抵の事は許されることを本人も良く分かっている。薫も奈津に良く似ていると言われるが、彼のような華は無いことを、幼い頃から自覚していた。 『気にしなくていい。俺も見てみたいし』  春に上京してきてから、奈津には一度も会いに来ない父親が、優真の息子と時間を共にしているならば、親子関係は最悪とはいえ、流石に腹も立つのだろう。 『気が済むまでつき合うよ』と、薫が言葉を繋いだところで『あっ』と奈津が声をあげ、マンションを指さした。  見張っていたエントランスに、奈央と和真が現れたのだ。  マンションとカフェの間を通っている道は、車道ではなく、石畳の舗装が施されている歩行者専用道路だから、それほど距離は遠くない。薫と奈津が座る位置から、二人の顔が良く見えた。    笑みを浮かべる奈央の様子とは対照的に、和真のほうは表情が読めない。まるで能面みたいだ……と、心で評した薫が視線を戻した時、奈津の表情が変化したことに気がついた。 『……俺のだ』  小さく呟いたその声は、生まれて一度も耳にしたことのない艶と欲を滲ませており、取り憑かれたように立ち上がる奈津を止めることができない。  この時、思いは通じ合っていたものの、奈津と薫に身体の関係はまだなかった。精通を迎えた頃から、キスをしたり、互いの性器を扱きあったりはしていたが、セックスはまだ経験したことがない。だから、彼が激しく欲情したことに気がつくのが遅れてしまった。 『待てっ』  慌てて後を追いかけたけれど、会計が済んでいなかったために、少しの時間足止めをされた。そして、薫がようやく追いついた時、既に全ては終わっていて――。 「……あの」  控えめな声が耳へと滑り込んできたため、薫は思考を中断させる。 「目が覚めた?」  尋ねると、頷いた和真が「ごめんなさい」と謝罪をするから、人差し指で唇へと触れ「謝るなって言ってるだろ」と、怖がらせぬよう笑みを浮かべて薫は告げた。 「ほら」  ペットボトルへとストローを挿して口元へ運び、「飲め」と一言命じれば、おずおずといった様子ではあるが、素直にそれを咥えて啜る。 「そのままでいいから、少し、俺の話を聞いてて」  (わず)かに和真が頷いたのを確認し、ベッドへと浅く腰を降ろすと、彼にどこから話すべきか? と、薫は思考を巡らせた。

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