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   *** 「ここは、俺が所有してるマンションだ。この前までいたマンションからは、あまり離れてない。奈津の知らない法人で契約してあるから、簡単には見つからないと思う」  今の事態を想定し、奈津には秘密で用意したのだと言われて和真は混乱した。彼と奈津とは恋人同士で、同じ考えを持っていた……(はず)だ。少なくとも、和真にはそう見えていた。 「奈津はそのうち飽きるだろうって思ってた。けど、誤算だった」  淡々と紡がれる言葉を、頭の中でぼんやり反芻(はんすう)していると、「俺にしても、和真が馴染んでいる間は、このままでいいと思ってた」と告げた薫は、和真が飲み終えたペットボトルをサイドテーブルの上へ置く。 「最近になって、和真が全然食べなくなった。奈津には何度か休ませようって提案したけど、結果的には、鬱憤(うっぷん)を溜めた奈津が暴走した」  そこでいったん言葉を止め、覆い被さってきた薫が額へキスを落としてくる。次に頬へと口づけられ、和真が微かに吐息を漏らすと「ホント、和真は優真に良く似てる」と囁いた彼が微笑んだ。 「優真って……父の名前、どうして?」  ここでようやく微睡(まどろ)んでいた和真の意識は覚醒する。どうして薫が父の名前を知っているのか? 父が死んだのは和真が幼い頃だったから、彼が知っているわけがない。 「小学校の頃、奈津の家で見た。見たって言っても実際に会った訳じゃない。亡くなってるんだろう?」 「じゃあ、なんで……」 「奈津の父親が撮ったDVDだ。見つけた奈津が一緒に観ようって……あれは、小学校高学年の時だった」  苦いものでも食べたかのような表情をする薫を見て、和真の心は言いようのない不安な気持ちに支配された。これ以上、聞いてはならない気がしたが、それと同時に知りたいという感情もわいてくる。  何故、自分は彼らに囚われたのか?  いけ好かない上司を陥れ、弄ぶのが目的ならば、既に欲求は満たされたはずだ。それに、奈津と薫の二人を繋ぐ道具という位置づけなら、短いスパンで人を変えないと、関係が成立しなくなるのでは? と以前から思っていた。 (そうじゃないと、きっと誰にも耐えられない)  父の話から、その理由が明らかになるかは分からない。けれど、何かしらの糸口が……見えてくるのではないだろうか?  「DVDの中の優真は……奈津の父親に抱かれてた。しかも普通のセックスじゃない。常に拘束されてて、暴力的に犯されていた。それなのに、優真は悦んでるみたいに見えて……」  珍しく薫が言い淀む。彼なりに、言葉を選んでいる様子だが、あまりの衝撃に和真は身体を震わせた。 「それは……ちがう」  表情や話し方、長くなってしまった彼との付き合いから、薫が嘘を()いているとは思わなかった。けれど、記憶している優しい父が、そんな行為を望んで受け入れるはずがない。  だから、震える声で反論をすると「そうだよな」と答えた薫は「話す順番を間違えたかもしれない」と、呟いた。

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