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「奈津と俺が生まれた香川っていう家は、かなり特殊な家系で……直系の長男には、必ずある能力が受け継がれる」 「え?」  突然話が変わったため、父の話はどうしたのかと思った和真が声をあげれば、「繋がるから」と答えた薫がこちらを真っ直ぐに見下ろしてくる。覚悟を(にじ)ませたその表情に、和真は黙って頷いた。 「他人の記憶に干渉できる力……って言えば伝わるかな。たぶん、すぐには信じられないだろうけど」  あまりにも、非現実的な事柄に出くわすと、人の思考は止まるのだ……と、和真は身を持って実感する。戸惑いは、表情にまで(あらわ)れていたようで、苦笑(くしょう)を浮かべた薫が「これは事実なんだ」と続けたけれど、どう反応すればいいのかが分からなかった。  彼の話はきっと真実なのだろう。なにせ、こんな奇妙な嘘をつく理由が、和真には思い浮かばない。 「一族の中でも、知っているのは一握りだ」  例えば、敵対会社に引き抜きをされた社員の記憶から、自社の極秘情報だけを消したいとか、密談の現場にいた議員が旗色を変えそうな時、自分が関わった記憶だけを消し去りたいとか、そういった要望は形を変え、いつの時代にもあるものだ……と、薫は続ける。 「記憶が抜け落ちたことを悟らせないように、記憶を(いじ)ることもできる。それにはかなりの下調べが必要だが……奈津は会社員をする(かたわ)らで、そんな仕事もこなしてきた」  その力の恩恵により香川家は財をなし、それを元手に(あきない)を起こし、長く栄えてきた一族だ……と。  依頼方法はいくつかあるが、そのほとんどが権力を持つ人物からの紹介だ。しかも、直接仕事を受けることはなく、様々なルートを介しているから、その中心が香川家だとは知られない。仮に、秘密を知られてしまっても、記憶を消してしまえばいい。 「長い時を経て、秘密を暴く事はタブー視されるようになった。利用する人間も馬鹿じゃない。金を払えば目的が叶うだけのことだと割り切ってる……意味が分からないって顔してるな」  事実その通りだから、頷くことしかできない和真は、必死に自分の頭の中で、薫の話をなんとか咀嚼(そしゃく)しようとしていた。 「けど、あの能力には欠点もある。一人の人間につき、一度しか使えないんだ」  二回以上記憶に干渉した場合、精神に異常をきたすとされている。だから、それを説明した上で、慎重に仕事を選ぶのだ……と言った薫は、「だから、もう和真には使えない」と囁くように告げてきた。

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