83 / 123
15
「それは……もう、俺は記憶をどうにかされてるってこと……ですか?」
ようやく話が少し見えてきた和真が控えめに尋ねれば、「そうだ」と返事をした薫が、そっと額に触れてくる。
「奈津に消されたんじゃない。奈津の父親……香川奈央に消されてる。和真が高校生の時だ」
「奈央って……」
「そう、和真が知ってるその人が、奈津の父親だ」
一瞬の間を置いて、言葉の意味を捉 えた瞬間、和真の心臓は早鐘のように鼓動を速め、激しい眩暈にみまわれた。
「そんな……嘘だ」
否定の言葉を紡ぐけれども、それはかなり弱々しい。
「奈央は、戸籍上では和真の伯父 になってるけど、血縁は薄い。佐藤は母親の姓だろう?」
問われた和真は小さく頷く。
いくつかある分家筋に佐伯 という家があり、その次男が優真だったと続けた薫は、いったんそこで言葉を止めた。
「顔色が悪い。休んだほうがいいな。今、薬を持ってくるから、少し待ってろ」
「……あ」
心配そうな表情を見せ、立ち上がろうと動いた薫の腕を思わず掴んでしまう。
「どうした?」
「大丈夫です。話の続きを……」
最後まで話を聞かなければ、休む気になんてとてもなれない。きっと、薬を飲んでもちゃんとは眠れないだろう。
「……分かった」
そんな和真の気持ちを薫も汲 み取ってくれたようだった。再びベッドへ座り直して和真の髪を撫でながら、「話すけど、辛かったら止 めてくれ」と告げてくる。
まだ全てを咀嚼 しきれてないけれど、覚悟を決め、和真は「はい」と声に出して返事をした。
***
「当主は……力が最初に現れてからの数年間、力を使用するたび、かなり暴力的になる。長い歴史の中で、例外はほとんど無いらしい。暴力だけならまだいいが……性的興奮も同時に高まる。だから、いくつかある分家筋から、それを受け止める役目を選んで当主へと宛がってきた」
こちらを見上げる和真の瞳が潤んでいるように見え、胸が鈍い痛みを覚える。けれど、始めたからには最後まで話す義務がある……と、薫も心を決めていた。
「受け止める役目は、男と決まってる。女だと間違えて妊娠させる可能性があるし、男の方が頑丈だから。何年か相手をさせて、最後は記憶操作をしてから解放する。それから、然るべき相手と結婚して、子を作るのが跡継ぎの役目だ」
現に、優真との関係を解消したあと、奈央は女性と結婚している。
「当主の力は年齢と共に衰える。五十にもなれば完全に無くなるし、還暦を迎える前に、ほとんどの当主が命を落としてきた。それだけ……精神的にも体力的にも負担がかかるってことだろう」
香川家の跡継ぎが力を使えるようになる年齢は、十三歳から十七歳と言われており、奈津に関しては十五歳の時だった。
「その……受け止める役目っていうのが、俺ってこと……ですか?」
震える声で質問をされ、薫は一瞬答えに迷う。
「和真の場合……過程はこれまでとだいぶ違ってる。年齢的におかしいだろ? だが、結果的にはそうなった」
奈津の年齢から考えると、暴力的な衝動はすでに落ち着いている頃なのに、現状は違っていた。
ともだちにシェアしよう!